天才外科医は仮初の妻を手放したくない
豪華な披露宴が始まろうとする時、次に私達へとゆっくり近づいてきたのは、どうやら西園寺陽斗の両親だ。
かなり威厳のある父親と美しいが冷たい雰囲気の母親だ。
母親は私の顔を見るなり表情を変えずに話し出した。
「あなたが偽物の花嫁ね。…まあ、あのおバカさんより良かったわ。でも、あなたは西園寺家の嫁になるのだから恥ずかしくない振る舞いをお願いしますね。」
父親は少し困ったような表情をしたが、そのまま何も言わず行ってしまった。
面倒事にはかかわりたくないようだ。
私は本物の嫁ではないが、なんだかこの母親は苦手だ。
世間でよく言われる嫁姑が上手くいかない理由が分かってしまった気分になった。
しかし、両親もこの結婚式を中止することは出来ないのだろう。
錚々たる方々の長い長い祝辞が終わり、小さく息を吐いたその時、とんでもない事を言うゲストがいたのだ。
「それでは、美しい花嫁に新郎からのキスをお願いします。皆さん写真のチャンスですよ!!」
皆がシャッターチャンスを逃さぬように周りにと集まり始めてしまったではないか。
皆がキスをする瞬間を期待の眼差しでじっと見ている。
もう逃げることは出来ない。頬にキスを受ける準備で目をぎゅっと閉じた。
先程の教会では誓いのキスがあったが、微かに頬へ触れる程度だったので、同じくらいだろうと腹を括ったのだ。
しかし、少ししても頬に触れるはずの彼の唇の感触が無い。
恐るおそる目を開けると、彼の顔が私のすぐ近くにあり驚いた。
そして次の瞬間。
なんと私の唇に彼の唇が触れる感触がしたのだ。
私は驚き後ろに逃れ様としたが、彼はそれを見越していたのか、私の肩をしっかり掴んでいて動くことが出来ない。
会場中から歓声と拍手が起こっている。
もう頭の中はパニックだ。