天才外科医は仮初の妻を手放したくない
このスーパーマーケットは、初めて陽斗さんがお買い物をしたスーパーだ。
ここに来ると、当時の様子が思い出されて口角が上がる。
今日は恐らく陽斗は帰りが遅くなるだろう。
温めなおして食べることが出来る、ビーフシチューを作っておくことにした。
鍋に材料を入れてよくかき混ぜながら、コトコトと煮込む。
鍋を見ていると、以前にここでポトフを作ったことも思い出された。
結局、あのポトフは陽斗さんの実家から呼ばれてしまい食べることが出来なかったのだ。
先に夕食を済ませた私はリビングで寛ぎながら、今日の勉強の復習のため資料に目を通していた。
それから数時間後、そろそろ日付が変るころ、玄関が開く音がした。
「陽斗さん、帰って来た。」
私が玄関へ走って向かうと、そこには陽斗とスーツ姿の女性が立っていたのだ。
陽斗は女性に向かって話しをしている。
「今日はありがとう、ではまた明日よろしくな。」
女性は深々と陽斗にお辞儀をすると玄関から帰って行ったのだ。
陽斗は迎えに出た私に気が付くと、いつもの優しい微笑を浮べてくれる。
「澪、ただいま…遅くなって悪かったね。」
先程の女性は仕事の関係者なのだろうか。
ただ、陽斗にそれを聞くと、私の焼きもちに聞こえてしまいそうだったので、あえて触れない事にした。
陽斗はビーフシチューの匂いに気づいたのか、嬉しそうに私を見た。
「澪、今日はビーフシチューだね。美味しそうだ。」
笑顔で部屋に入る陽斗の後ろ姿を見た時、私はあるものに気づいてしまった。
それは、陽斗が来ている紺色のスーツの背中に白い汚れが付いていたのだ。
私はすぐに気づいてしまった。
これは女性のファンデーションだと思われる。