天才外科医は仮初の妻を手放したくない
翌日の朝、玄関へ見送りをする私の額に、陽斗はチュッとキスをした。
なかなかこの甘さには慣れそうもない。
私の頬は急に熱を持ち、恐らく真っ赤になっているだろう。
「澪、行ってきます。」
陽斗が玄関を開けると、そこには昨日の女性が玄関前に立っていたのだ。
女性は陽斗へ挨拶をすると、陽斗に何かを伝えながら歩き出そうとした。
その時、陽斗は私が玄関にいることに気が付いて、私をその女性に紹介したのだ。
「そうだ、北条さんに紹介したい人がいる。妻の澪です。」
陽斗から北条と言われた女性が私の方に振り向いた。
「私は、西園寺陽斗さんの専属秘書をさせていただく、北条 光莉(ほうじょう ひかり)です。」
北条は表情を変えることなく、私に向かってお辞儀をした。
髪を夜会巻きのようにキッチリと整え、紺色のスーツを綺麗に着こなしている。
黒い縁の眼鏡をかけているが、その下の顔はかなりの美人なのがわかる。
「私は、妻の澪です。主人がお世話になります。」
私が挨拶をすると、一瞬ではあるが北条はフッと笑った気がするのだ。
しかし、すぐに姿勢を正した北条は陽斗と一緒に歩き出した。
陽斗は振り返り手を振ってくれるが、なんだかスッキリしない気持ちだった。