天才外科医は仮初の妻を手放したくない
そんな時、私にとんでもない事件が起こってしまうのだった。
買物に出ようとマンションのエントランスを出た時だった、誰かが急に私の口元に後ろからハンカチを押し当てた。
僅かにエタノールのような香りがする。
これはクロロホルムではないだろうか。
気絶はしないが、全身の力が抜けて抵抗が出来なくなってきた。
強い吐き気もする。
私はそのまま停めてあった車に乗せられて目隠しをされたのだった。
何が起こっているのだろう。
なぜ私がこんな目に合わなくてはならないのか。
目隠しされた私は、どこかのビルに連れていかれたようで、無理やり椅子に座らされてロープで縛られてしまったのだ。
全く状況は分らないが、味わったことの無い恐怖を感じる。
声を出そうとしても、いつの間にか口もガムテープのようなもので塞がれていた。
逃げようとしても身動き一つできないのだ。
もうどうすることも出来ない。
それから少ししてドアがガチャリと開く音がした。
誰かが入ってきたようだ。
次の瞬間、私の耳に知っている声が響いた。
「澪!!澪に何をするんだ!!」
この叫び声は、陽斗だった。
「やめろ、手を放せ!」
どうやら陽斗も押さえつけられている様子だ。
私を連れて来た犯人は、私の目隠しを取った。
そこに見えて来たのは、陽斗と北条光莉が目の前でロープに縛られて部屋に入って来たのだった。
私は声を出したかったが、ガムテープで話が出来ない。
「んーーーん、ん、ん」
声しか出ないのである。
すると今度は私の首にナイフのような冷たいものが当てられた感触がする。
それを見た陽斗は、暴れてそれを阻止しようとしているようだ。
なぜこんな事になっているのかと思っていたら、犯人は要件を陽斗に伝えたのだ。
「西園寺陽斗、この女を助けたければ、西園寺家の当主を辞退しろ。」
この犯人達は西園寺家で、陽斗さんと別の派閥のグループらしい。
陽斗が戻らなければ、西園寺家を牛耳ることが出来たという。
陽斗は大きな声をあげる。
「お前たち、卑怯だぞ!澪を傷つけるな!」
その時だった、陽斗と一緒にロープに縛られていたはずの光莉がロープをいつの間にか外して、私にナイフを当てた男に向かって飛び蹴りをしたのだった。
男たちは怒りながら光莉にナイフで襲い掛かるが、光莉は目にも止まらない速さで相手を殴り倒していくのだった。
そして光莉は手錠のようなものをポケットから出すと、男たちの手首にそれを付けて動けなくしたのだった。
私が驚き目を丸くすると、光莉は私の口につけられたガムテープをはがした。
そして、自分の髪に手を掛けると綺麗にまとまった夜会巻きを、べりべりと剥ぎ取ってしまうではないか。
髪の毛はかつらだったのだ。
かつらの下からは短い短髪の毛が出て来た。
そして眼鏡を取って私に笑って見せたのだった。
「黙っていてごめんなさいね…私…いいや、俺は男だったんだ。西園寺家から頼まれたスパイのSPだ。」
何と言う事だろう。
光莉は男でSPだと言っているではないか。
なんだか頭の中がパニック状態になっている。
その時、ロープをほどいてもらった陽斗が私に駆け寄り抱き締めてくれた。
「澪、怪我はないか?恐いことに巻き込んで本当にすまなかった。」
「私は大丈夫です、でも…あ…あの…光莉さんはSPで男だったのですか。」
「ああ、驚いただろ?あいつはああ見えて凄腕のSPでスパイのようなことができるんだ。」
「も…もしかして…だからいつも近くで陽斗さんを守っていたのですか?私はてっきり…」
陽斗は私の言葉を聞いて不思議そうな顔をした。。
「てっきり?…澪はてっきり何だと思っていたんだい?」
私が言いずらそうにしていると、陽斗は私の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい!私はてっきり光莉さんと浮気していると思っていました。」
陽斗は私の言葉を聞いて固まった。
「俺は澪だけだといつも言っていただろう。…わかったぞ…それで昨日から様子が変だったんだな。」