天才外科医は仮初の妻を手放したくない

陽斗がゆっくりと、そして堂々と歩きながら前に出た。

そして、お父さんからマイクを預かり皆の前で一礼する。

すると、会場から盛大な拍手が送られる。

陽斗が挨拶を始めると、皆が陽斗に注目する。
その姿は女性は勿論のこと、男性も見惚れてしまうほどに凛々しい姿なのだ。


私はそんな陽斗の妻であることに恐縮してしまうほどだ。
自然と手が震えだしてしまった。


壇上での挨拶が終わると、それぞれの歓談や挨拶の時間になるようだ。

私は皆に気後れして部屋の隅にいると、村瀬が私に声を掛けた。

「奥様、ここは堂々と陽斗坊ちゃまの横にお並びください。」

「で…でも…」

村瀬は私の手を引いて、皆が固まり挨拶をする中心の陽斗の所まで送ってくれたのだ。

陽斗は私に気が付き、私に向けて微笑んでくれた。
すると、周りにいた女性から溜息と甘い言葉が出て来たのだ。

「陽斗さんがこちらを見てくれたわ。」
「違うわよ、私を見て微笑んでくれたの。」

陽斗の笑顔はすごい破壊力なのだ。

そんなことを考えていると、いつの間にか陽斗が私の前に来て手を引いてくれたのだった。

「澪、一緒に挨拶にまわろうか。」

陽斗が自分の腕に私を掴まらせると、耳元で囁いた。

「大丈夫だよ、澪には俺が付いている。必ず守るから笑顔を見せて。」


その言葉を聞いて気が付いたのだ。
陽斗に守られているだけではだめなのだ、私が陽斗の足を引っ張ってはいけない。

私は陽斗の妻として、西園寺の嫁として恥ずかしくない振る舞いをしなくてはならないのだ。

私は皆に笑顔で挨拶を始めたのだった。




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