天才外科医は仮初の妻を手放したくない

中には私に聞こえるように嫌味を言う人たちもいる。
しかし、それは自分でも想定内のことだ。
言われても笑顔で受け答えをしようと決めていたのだ。


「まぁ、陽斗さんの奥様は、どうやって陽斗さんに取り入ったのかしら。」
「きっと陽斗さんの気まぐれよ、そのうち飽きられるわ。」


彼女たちは私に聞こえるように話している。
私は彼女たちに向かって笑顔を見せた。

「おっしゃる通りですよね、でも陽斗さんに飽きたと言われるその日までは妻として頑張ろうと思います。」

私の笑顔の受け答えに彼女たちは少し気まずそうにしている。
私は争う気持ちは全くない。
彼女たちの意見はその通りだと思っていたのだった。

私の様子を見ていた陽斗が私の耳元で話をした。

「澪は強くなったな。さすが僕の妻だ。」

陽斗に褒められると何だか恥ずかしくなる。


皆が歓談で盛り上がっている時だった。

パーティーに参加していた子供が怪我をしたと誰かが叫んだのだ。

陽斗と私が急ぎ駆け付けると、子供の足に鉄の棒のようなものが刺さってしまっているではないか。
どうやら会場に置いてあった鉄のオブジェにのっかり遊んでいたところ、転倒して折れた棒が刺さってしまったようだ。

陽斗は子供に駆け寄り、何か止血できる布は無いかと大きな声を出した。
会場のスタッフが救急の箱を取りに行くと言っていたが、母親が慌てて棒を引き抜いたので血が噴き出てしまっている。
陽斗が手で押さえているが血は止まらない。
私は咄嗟に来ていたドレスの裾を破って陽斗に渡した。
陽斗はその布で足の付け根を強く結わいて止血したのだった。

「これで大丈夫だ、救急車が来るまでこれで止血が出来ている。」

母親は陽斗と私に深々とお辞儀をしたのだった。

私は安心した途端に力が抜けてその場にペタンと座ってしまった。
陽斗は私の肩をポンと叩いた。

「澪、カッコ良かったぞ!さすが俺の奥さんだ。」

「陽斗さん、せっかく買ってくださったドレスを破いてしまいました…ごめんなさい。」

すると陽斗は大きくハッハッハッと笑い始めたのだった。

「澪、そんなことで謝る必要は全くないぞ…澪は本当に優しくて面白いな。」

「面白いなんて酷いです!」
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