天才外科医は仮初の妻を手放したくない
海の見下ろせる高台のベンチに私達は腰かけた。
海は青くキラキラと輝いている。
私達はしばらく無言で海を眺めていた。
少しして陽斗は静かに話し始めた。
「ねぇ、澪、僕たちが出会って間もない頃に、横須賀の観音崎に行ったのは覚えているかい。」
「はい…もちろんです。美術館でランチも食べましたよね。」
「今思えば、あの場所に誰かを連れて行ったのは、澪が初めてだったんだ。僕の大切な場所に連れて行きたいと不思議に思ったんだ。」
私も運命という事を信じているわけでは無い。
しかし、陽斗との出会いには運命という言葉がすごくしっくりくるのだ。
私も陽斗と行った観音崎で、この人をもっと知りたいと思い始めたのかも知れない。
私達が話をしていると、休憩時間になったので新任の医師と日下部が私達に近づいて来た。
初めに話をしたのは、新任の医師だ。
「西園寺先生、初めまして。僕は大学病院から派遣された、医師の、藤村 一樹(ふじむら かずき)です。」
藤村は私の顔を見て目を大きくさせた。
「先生の奥様で澪さんですよね。僕は先日のニュースを見ました。お子さんを助けた有名人ですよね。」
藤村に有名人なんて言われると急に恥ずかしくなった。
「あ…あの…有名人なんかじゃありません。私は、西園寺澪です。よろしくお願いします。」
陽斗は藤村と日下部に向かって話しを始めた。
「僕はね、この島の診療所のような場所に、もっと医療を充実させたいと思っているんだ。君たちは“病院船”を知っているかな。」
日下部が頷いて声を声を出した。
「はい、船が丸ごと病院になっている船のことですよね。」