天才外科医は仮初の妻を手放したくない
新婦の代役と言うとんでもない事を押し付けられた私だが、結婚式、披露宴となんとかやり遂げることができた。
ドレスを脱いで私服に着替えた私は、西園寺がいるホテルの部屋に挨拶に向かった。
もちろん代役をやりきったのだから、これでお役御免の挨拶だ。
最上階のロイヤルスイート。
このホテルに勤務していても一度も入ったことの無い部屋だ。
“コン、コン、コン”
部屋をノックすると中から西園寺の声がした。
「中に入ってくれ!」
私はそっとドアノブを掴んで静かにドアを開けた。
「失礼いたします。」
するとそこには私服に着替えた西園寺がソファーに座っていた。
キッチリと整えられていた髪を崩し、ラフな服装の西園寺はさらに男の色気が増しているように感じる。
心臓がまたドクリと音を立てた。
私が入って来るのを見ると、無言で自分の前の位置にあるソファーを指し、座れと言っているようだ。
私はとりあえず指示されたソファーに腰を下ろした。
そして姿勢を正して西園寺に向かってお辞儀した。
「それでは、私はこれで自分の持ち場であるフロントに戻らせて頂きます。」
すると、少し無言だった西園寺がフッと小さく笑ったのだ。
何故笑うのだろうと、私は少し怪訝な顔を無意識にしていた様だ。
「…そう眉間に皺を寄せて嫌な顔をするなよ。悪いけど君は今日付けでフロントは休職してもらう。それはもうこのホテルも了承済みだ。」
「は、はぁ?」
私は意味が分からず変な声を出してしまった。
この男は何を言っているのだろう。
「君には悪いと思っているが、暫くは俺の妻役を続けてもらう必要があるんだ。もちろんそれなりのお金は払うつもりだ。」
私は頭の中が真っ白になり何から理解してよいか分からないほどだ。
無言で固まっている私に彼はさらに言葉を続けた。