天才外科医は仮初の妻を手放したくない
私の妊娠が分かってからというもの、陽斗の甘さはさらに加速している。
今まで行ってきますのキスは額か頬だったのに、私のお腹にも服の上からキスをするようになっている。
少しでも時間があれば、私の腰を摩って心配してくれるのだ。
出産までに私はこの甘さで溶かされてしまうのではないかと思うほどだ。
忙しい陽斗さんなのに、定期健診にも必ず一緒に来てくれる。
これだけ目立つ陽斗なので、周りのお母さんたちに見られて恥ずかしい。
頬を赤くする女性もいるくらいだ。
しかし、私はそんなことを言っていられない状況だった。
つわりが酷く、辛い日々が始まっていたのだ。
自分が母親になって初めて親の有難さが分かるとは、まさに今の状況だろう。
母はこの試練に耐えて私を生んでくれたのだから。
そして月日は流れて、私のお腹はとても大きく育っている。
いつ生まれてもおかしく無い時期に入っているのだ。
ある朝、陽斗が出かける準備をしていた時のこと、突然お腹に激しい痛みを感じたのだ。
どうやら陣痛が始まったらしい。
陽斗は自分の運転する車に私を乗せて病院に急いでくれたのだ。
それから私の闘いは一日にもおよんだ。
そして、待ちに待ったこの瞬間だ。
「おぎゃーおぎゃー!」
子供は女の子だった。
この瞬間から陽斗は娘が心配な父親になったのだ。
陽斗は私の手を握って“ありがとう”と涙を溢れさせたのだった。