アザミの箱庭 「バリキャリウーマンの私が幼女に転生したので、次は大好きなお兄様を守ります」
「ところであなた、あなたもハンナちゃん攻略派でござるか?」

 肥満な体型に黒縁のメガネ。
 白く光る防具……ミスリルか。
 でも太ったお腹は防具いっぱいにぎちぎちだ。
 手に持つは、ミスリルの光り輝くハンマー。
 ……重戦士か。

「あ、それがしエーリヒと申す者。一年ほど前、この世界に転生してきました」

 あー。
 転生者かあ。
 いいなあ。
 どーせなんかすげえスキル貰ってきてるんだろ?

「あの……お名前を聞いてもいいでござるか?」
「……アルベルトだ」
「おお、かっこいい名前でござるな! まさかアルベルト氏も転生者でござるか?」
「残念。ただのしがない剣士だ。生まれも育ちもこの世界だよ」
「そうでござったか……でも、可能性がなくはない!」
「……なんで?」
「長らくこの世界に留まると、転生してきた記憶を忘れてしまう人もいるんだとか! それがしが見るに、その黄金の鎧! あの黄金竜を討伐して初めて作成が許されるシロモノ! そんなことが出来るのは、転生者だけでござるよ」
「あのさあ」

 何故かだんだんと腹が立ってきた。

「その喋り方、なんだ? 鬱陶しい。それにオレは転生者じゃねえ。チビの頃から剣士をやってた、それだけのモンだ。……あと、モブ子になんか用なのか?」
「モブ子?」

 エーリヒはぽかんとしたあと、ああ、なるほど、と手を叩いた。

「ハンナちゃんのことでござるな!」
「だから、なんだよハンナちゃんって。アイツはただのモブ。名前なんてねえよっ」
「あるでござるよ」

 エーリヒは急に真面目ぶった顔をした。

「それがしが授かったチート能力は、分析。目にした人物、魔物の情報が全て見ることが出来るのでござる」

 情報が見られる……
 てことは、モブ子は。

「はい。ハンナ・ベル。それが彼女の名前でござる」

 モブ子をじっと見てみる。
 ……相変わらずジョウロで水をあげている。
 チューリップの花束を、片手に抱きながら。

 オレは、二ヶ月経って初めて、想い人の名前を知ったのだ。
 唐突に、知りたいことが出来た。

「なんでござるか」
「なんでお前は冒険者様で、オレは勇者様なんだ?」
「……ああ。プレゼントの時のセリフでござるな。それは、アルベルト氏、あなたが黄金竜の鎧を身にまとっているからでござる」
「違う!」

 おれはかぶりを振った。

「これはただの真鍮の鎧だ! 銅で出来た安物だ!」
「いいえ、アルベルト氏。それがしは武具の情報も読み取ることができるのでござる。間違いなく黄金竜の鎧でござる」

「黄金竜……オレが……なんで……」

 こいつの言ってることは、デタラメのはずだ。
 そのはずなのに今は、なぜか思い出せない。

 真鍮の鎧を、鍛冶屋に発注した時のことが。
 ガキの頃、木の枝片手に冒険していたはずのことが。

 オレは、エーリヒから花束を奪い取った。
 そしてそれをモブ子──ハンナに渡した。

「まあ! なんてきれいな はなたば! うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま」

 ハンナはそう言って、天使みたいに笑う。

 ──うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま。

 その瞬間。
 オレは、何かがとてつもなく恐ろしくなって。
 自分の胸の中で、何かとても大切なものが欠けている気がして。
 気がついたらオレは。

 大好きなハンナを置いて、その場から逃げ出した。
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