一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する

「い、今さらですが私にそんな資格ないんじゃ……?」
「そんなことはない。きみだって、あんなに立派な病院経営者の娘じゃないか。もちろん、そういった肩書きがなくとも俺は杏を選んだ。きみ個人が、魅力的な女性だからだ」

 柊二さんの強い眼差しは、まっすぐで揺らがない。嘘を言っているようには見えないけれど、旧財閥家に嫁ぐのは、そんなに簡単な話ではないような気がする。

「私のこと、ご両親はもうご存じなんですか?」
「ああ。昔兄を助けてくれた小田切院長の娘で、俺が指導している専攻医でもあると」
「父がお兄さんの恩人とはいえ、専攻医が相手なんて反対されませんでしたか? もっと習い事や礼儀作法を熟知していて、柊二さんを支える余裕のある職業の女性の方がいいとか」
「大丈夫だよ。千石グループを継ぐのは優秀な兄だし、俺はこれからも家業とは関係のない医者の仕事を続けるつもりだから、口を出される筋合いはない」

 そっか……。もしも相手がお兄さんだったのなら大反対にあったのかもしれないけれど、柊二さんは次男でしかも医者だから、なんとか免れたということのだろう。

「なにか、〝千石家の嫁たるものこうすべき〟みたいなルールとかありますか? あるなら前もって教えていただいて、ご両親に心配をかけない状態でお会いしたいのですが……」
「そんなものはないし、あったところで杏に強要させることはしない。きみが集中すべきは、近い将来挑戦する専門医の認定試験だ。千石家のルールなんてどうだっていい。いつまでも不安な顔をするなよ。見るんだろ? オトメ」

 頬をふにっと摘まれて、無理やり口角を上げさせられる。

 本当はまだ不安でたまらないけれど、柊二さんがここまで励ましてくれているのに、これ以上彼を煩わせるわけにはいかない。

 私は微笑みを張り付け、黙って頷いた。

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