一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する

「今みたいに、仕事関係で俺が手伝えることがあるなら遠慮なく頼ってほしい。こういう関係になっても、俺がきみの指導医であることに変わりはないんだからな」
「柊二さん……」
「じゃ、俺は先に自分の部屋で休むから。あまり遅くまで雑誌に夢中になるなよ」

 唇にキスしてしまうと歯止めが利かなくなる可能性があるので、そうしたい気持ちをぐっとこらえてちょこんと丸い鼻の頭に口づけする。

 杏は赤くなった顔を雑誌で目の下まで隠し、俺に上目遣いを向けた。

「わ、わかりました。……おやすみなさい」
「おやすみ」

 名残惜しい気持ちを振り払い、ソファから腰を上げる。

 リビングをあとにして自室にこもっても、頭の中には杏が見せた表情が浮かんでは消え、俺の胸をかき乱す。ベッドに仰向けになり天井を眺めながら、俺は大きくため息をついた。

 一度思い切り抱いてしまえれば、もう少し余裕と自信が生まれると思うのだが……そうもいかないので、しばらくはこのもどかしさと戦うことになるだろうな。

「……耐えろ。オトメの心を手に入れるためだ」

 ボソッと呟いたセリフはくだんの悪役のもので、いつの間にか俺は彼女に相当影響されているな、と思う。

 こんなにも誰かの色に染まってしまう経験は初めてで、自分の中に持て余した熱が落ち着くまで、俺はしばらくベッドの上で放心していた。

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