院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~
杏の手から、カップを受け取る。まだ口をつけていないのに、胃の辺りが優しく温まる気がした。杏が少し気まずそうに笑う。
「柊二さんの疲れた顔の原因、ご両親に会うのを不安がっていた私をずっとフォローしてくれていたせいだとしたら、申し訳なくて……私にもなにかできないかなと。ホットミルクくらいじゃ、お礼にもならないかもしれませんが」
杏が自嘲気味に話している途中でホットミルクを口に含み、ホッと息をつく。
大したことはできていないって? 彼女は自分を過小評価しすぎだ。
その言葉や表情ひとつで、俺の心は簡単に乱され、かと思えば癒やされる。
それを知っていて俺を弄んでいるのだとしたら、なんて狡い女性なんだろう。
募りに募った恋情が、形を歪めていくのがわかった。
「美味しい」
「本当ですか? よかった……」
無邪気に喜んでいるその裏で、きみはなにを思っている?
本当は俺以外に会いたい男がいるのでは?
父に渡された調査報告書の写真が脳裏にちらついて、火傷を負ったように胸が痛んだ。
もう一度カップに口をつけると、さっきは甘いと感じたシナモンの風味がやけに舌を刺す。
もしも嫉妬という感情を口に入れたら、こんな味がするのかもしれない。