院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

 千石先生と連れ立って病院を後にし、青々とした葉をつけた桜並木を歩く。

 木々の向こう側には大きなマンションが見えていて、その十五階が私の実家。わざわざ送ってもらうのが申し訳なくなるくらいの距離なのだ。

 明日の仕事について軽く千石先生に指導してもらっているうちに、マンションの前に到着する。

「送っていただいてありがとうございました。それでは、また明日」
「……そういえば、杏先生」
「はい」

 千石先生がなにか言いたげにしているので、黙って言葉の続きを待つ。少し悩んだそぶりの後で私を見つめた彼は、どことなく緊張気味だ。

「一カ月前のことなんだが、脳外(のうげ)の医局に不法侵入者がいたのを知らないか?」
「不法侵入者……ですか?」

 物騒な響きに目を瞬かせる。そんな事件があったなら病院全体で情報共有されていてもおかしくないのに、耳にしたのは今が初めてだ。

「私はまったく存じませんでしたが、なにか物を取られたんですか? 病院の備品とか、それとも誰かの現金とか?」
「いや、おそらく事件性はないんだが……」

 千石先生は口元を手で覆い、なぜか気まずそうにしている。いったいどんな不法侵入者だったのだろうと首を傾げていると、千石先生はほんのり頬を赤く染めた。

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