院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

 次から次へ胸に押し寄せる自己嫌悪は簡単に振り払えそうになく、できるだけ思考を排除した状態で病院へ行く支度をする。

 例の書類を家に置いておくのは不安だったため、仕方なくビジネスバッグに突っ込む。数枚の書類の重さなどたかが知れているのに、入れる前よりバッグがずっしり重くなったような気がした。

 杏をひとりマンションに残して、外に出る。

 暗い空にぽっかり浮かんだ月は満月に近く、もうすぐ十三夜か、などと感傷的に思う。

 杏と一緒にこうして空を見上げて花火を楽しんだ日のことを昨日のように思い出せるのに、あの日彼女と共有した幸せな時間が嘘のように、今の俺たちの関係はぎこちない。

 もしも本当に杏に別の想い人がいるとしたら、俺は彼女を解放してやるべきなのだろうか。

 頭ではそうした方がいいとわかっていても、彼女を手放したくないという身勝手な想いは薄れそうになく、困ってしまう。

 こんなひとり相撲のような恋に未来はない。杏のためを思うなら、潔く指導医の立場に戻るべきだ。

 しかし、今さらそんなことできるのか?

 病院に着くまでの間、何度も自問自答するが、結局は堂々巡り。

 明確なのは、ただ杏を愛おしいと想う、その気持ちだけだった。

< 121 / 163 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop