一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する

『将来の夢や大切な人と過ごす穏やかな日常が、病のせいで絶たれるのは本当に腹立たしい。だから私たちは常に技術を磨き、ひとりでも多くの患者を救うの』

 手元に集中しながらも脳裏をよぎったのは、母の持論だ。私も幼いころから言い聞かされて育ったので、専門医になった後も研鑽を積み、母や柊二さんの領域に早く辿り着きたいと思う。

 腫瘍が大きく七時間かかった大手術だったが、柊二さんの手際は今回も見事だった。

 看護師に必要な指示を出し、患者家族への説明を済ませて医局に戻る頃には夕方だった。

 手術の所要時間から、今日柊二さんの担当としてスケジューリングされていたオペはその一件だけ。

 食事休憩のために彼と医局へ戻り、ひとまず冷蔵庫にストックしてあるゼリー飲料でエネルギーを補給する。

 たまに柊二さんが居眠りしているソファに並んで、私たちは一気にゼリーを流し込む。

 すると、飲み口を離してぷはっと息をついたタイミングが偶然同じになった。

 目を見合わせた私たちは、思わず笑顔になる。柊二さんの穏やかな顔を久々に見た気がして、胸が優しく揺れた。

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