一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
……竜星くん、最初の危機は脱したんだ。だからといって完全に安心はできないのがくも膜下出血という病気だけれど、満足な治療もできないまま亡くなってしまう人も多いので、最悪の結果にならなかったことだけでも今は喜ばしい。
「こればかりは医者でも予想できないから仕方がないわね。今なら麻酔から覚めて、少しだったら会話できるわ。杏、顔を見て来たら?」
「うん。行ってきます」
医局を出て、早朝のしんとした廊下を駆ける。
両側にたくさんのドアが並んだICU病棟のうち、竜星くんの部屋を見つけると、ガラス張りのドアから中を覗いた。
ベッドに横たわる竜星くんはゆっくり瞬きをしながらも目は開けていて、きちんと意識がありそうだ。
「竜星くん」
静かにノックをしてから、驚かせないよう小さな声で彼を呼ぶ。微かな表情の変化ではあったけれど、竜星くんの目がふっとやわらかくなった。
「……凪」
酸素マスクの中で、竜星くんが小さく呟いた。目尻がほんの少し濡れている。
……もしかして、手術直後の混乱で私のことを凪だと思っているのかも。