一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「杏は今、専攻医として大事な時期を過ごしてるわけ。公私の区別はきちんとしてくださいよ、千石先生」
「はい。肝に銘じます」
直立したまま従順に頷く柊二さんを見ていたら、彼と目が合ってついクスッと笑ってしまった。
柊二さんもつられたように笑うと、父がめざとく気づいて私たちを一喝する。
「ふたりともニヤニヤしない。仲よくしたいなら家に帰ってからにしてくれ。と言ってもきみたちふたりとも日勤で帰れないだろうから、少しでも仮眠させろって愛花に言われてる。だからお楽しみはお預け。じゃ、今日もよろしく」
結局、父は母に言われて私たちを休ませに来ただけらしい。ひらひら手を振って医局を出て行った父を見送ると、肩の力が抜けた。
後ろのデスクに腰を預けた柊二さんが、静かにため息をつく。
「まさか院長に見られてしまうとは。俺のせいで恥ずかしい思いをさせたな、ごめん」
「柊二さんのせいじゃありません! 私もその……つい夢中になってしまったので同罪――」
「待った、杏。それ以上言わないでくれ。……仮眠しようにも眠れなくなる」
軽く目を逸らしてそう言った彼の顔は耳まで赤く、伝染したように私の頬も熱くなる。
火照りを覚ますように思わず両手で自分の頬を挟んだ。
「ごめんなさい……。とりあえず、仮眠室行きましょうか」
「そうだな。一、二時間寝て、なにか口に入れよう。今日も忙しくなるぞ」
「はい、心得てます」
私たちは指導医と専攻医に戻り、朝日が差し込む廊下を歩く。
彼より先に目覚めたら、焼きそばパンを買いに行ってあげよう。隣を歩く長身を見上げ、こっそりそんなことを思いながら。