一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「じゃあ……お言葉に甘えて」
好物の焼きそばパンが見える位置にあったので、遠慮がちに手に取る。
俺の家は少し特殊な家庭環境にあり、子どもの頃から庶民的な食べ物にはあまり縁がなく、コンビニでの買い食い等も禁止されていた。
だから、焼きそばパンを初めて口にしたのは親の目が行き届かなくなった高校生の頃だ。
炭水化物同士の組み合わせに最初は懐疑的だったものの、一度食べただけでその虜になった。
焼きそばならではの香ばしいソースの味付け、それをしっかり受け止めるコッペパンの優しい甘さ。両者が口の中で溶け合った時の風味は筆舌に尽くしがたい。
「千石先生の体格では焼きそばパンひとつじゃ足りませんよ。せっかくなので甘いのもどうぞ」
「気を使わせて悪いな。ありがと――」
杏先生に手渡されたもうひとつのパンを目にした瞬間、鼓動が跳ねた。
ココア生地にぎっしりチョコチップが詰まったそのパンは、ふっくらと丸みを帯びたハート形をしていた。
たまたま俺に甘いパンを渡そうとして掴んだのがハートの形をしていたというだけで、特別な意味などあるわけがない。
理屈ではわかっていても、小さな喜びが俺の胸をつつく。