一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「千石先生、ちょっといい?」
呼びかけられるだけで背筋が伸びる、女性上司の声。パンを咀嚼してきちんと飲み込んでから、椅子を回転させて振り向いた。
「はい。なんでしょう、愛花先生」
院長の妻でこの脳外の部長、そして杏先生の母でもある小田切愛花先生がそこにいた。
杏先生と同じく小柄ではあるが、外科医としての実力に裏打ちされたその存在感は大きく、若手医師の中には彼女を怖がっている者もいるらしい。俺にとっては純粋に尊敬できる上司だ。
近い将来、もしかしたら義理の母になる可能性もあるし……。
気は早いがそんなこと思いつつ、愛花先生を見つめた。
「来月十日、先生休みだったわよね。私の代わりに名古屋での学会に行ってもらえないかしら? その日、父の手術に付き添わなきゃならなくなって……」
来月十日。なんてタイムリーな話だろう。杏先生にはフラれたので、予定なら真っ白だ。
「構いませんよ。お父様のお加減は大丈夫なんですか?」
「全然元気よ。手術といっても、痔を取るだけなの。なのに、今まで一度も手術なんて受けたことがないから、不安だ不安だってうるさくて」
愛花先生がそう言って苦笑した。