院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

 手術用のハサミを使って内膜を綺麗に除去したら、チューブを残したまま切開した血管を縫っていく。

 最後にチューブを抜いて血管を完全に縫合したら、十分に止血してから創部を閉鎖する。所要時間は長くて四時間と言われていたが、千石先生は二時間強ですべての手順を終えた。

 先生が手術の終了を告げた時、また無意識に呼吸を止めていたことに気づいて、はぁっと息を吐く。

 術者用の椅子から腰を上げた千石先生が、呆れたように笑った。

「患者より杏先生の脳の酸素濃度が心配だな」
「だ、大丈夫ですよ……! 先生のオペもしっかりこの目と脳に焼きつけました」

 脳神経外科の先生方は、みんな私を「杏先生」と呼ぶ。

 小田切という名字からは院長である父を連想するらしく、同じ理由で母の小田切愛花(あいか)は『愛花先生』と呼ばれている。

 名前こそ愛らしい印象だが、職場での母は鬼である。悪い意味ではなく、ささいなミスが患者の生死を左右する脳神経外科ではそれくらい緊張感を持って業務に当たらなくてはならないのだ。

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