院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

「……今日のことはプライベートな時間だからともかく」

 ようやく口を開いた千石先生に反応し、パッと顔を上げる。

「前に医局でその格好をしていたことは、報告するかどうか迷うな」

 ぎゅう、と胃の辺りが締め付けられた。完全に自業自得なのだが、あまりのピンチに涙が浮かんでしまう。

 両親をがっかりさせたくない。昔からずっと胸にあるその思いが、私を責めるように膨らんでいく。

 両親ともに脳外科医という特殊な家庭で育ち、ふたりの忙しさをずっとそばで見てきた。

 だからなのか凪は早々に『私は絶対に医者になんてならない』と公言していて、両親はそのたびに少し切なそうな顔をしていた。

 それに気づいていたから、私はふたりの期待に応えて脳外科医にならなきゃって……誰に命令されたわけでもないのにそう思って、ここまでやってきた。

 凪みたいにかわいく振舞えない代わりに、真面目に勉強して褒められるのが私のアイデンティティだったのだ。

 なのに、その真面目さを私から取ってしまったら……残るものなんてなにもない。

 この秘密は、絶対に隠し通さなければいけないのだ。

「私、なんでもします……。千石先生が望むことなら、なんでも」

 切羽詰まって、少し涙声になってしまった。潤んだ瞳を必死で瞬かせ、千石先生を見つめる。

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