院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~
それだけ言うと、スモモ氏はぴゅうっと風のように私たちの前を駆け抜け、更衣室の方へ行ってしまう。
取り残された私は、ふたたびおずおずと視線を彼に合わせた。
「千石先生と、私が、結婚……するんですか?」
「ほかに誰がいるんだ」
「いや、ですけど……その、私はてっきり、千石先生が焼きそばパンを欲しいと言った時に院内のパン屋までひとっ走り買い物に行くとか、そういう条件かと……」
「なんだそれ。焼きそばパンは確かに好きだが、それくらい自分で買いに行く」
鼻で笑われ、あっさり否定される。一度彼に焼きそばパンをあげた時にすごくうれしそうだったのを覚えていたのだけれど、あまり関係なかったらしい。
「三十を過ぎてから、親が結婚しろしろとうるさいんだ。しかし、毎日仕事に追われてそれどころじゃない。だから、形式上だけでも妻が欲しいんだ」
「形式上……」
なんとなく、理屈はわかった。
千石先生はご両親に結婚を望まれているが、仕事が忙しくて恋愛する余裕がない。
そこで、偽りの妻を用意しようと言うわけだ。
親の期待に応えたい気持ちは、私にも嫌というほどわかるけれど……。