院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

「たとえ形式上の妻でも、どうして私なんですか?」
「俺が脳外科医を目指した理由、杏先生には話したことなかったか」
「えっ? ……はい」

 急に結婚とは関係のない話をされ、首を傾げる。

 千石先生は宙に視線を投げると、懐かしそうに目を細めた。

「子どもの頃、二歳上の兄がAVM患者でね。ある日脳出血を起こして倒れたんだ。緊急オペでそれを救ってくれたのは、きみのお父さんだった」
「父が……?」

 AVMの手術は難しく、脳外科医だからといって誰でもできるものではない。しかも、ただ患部を摘出するだけではなく出血を起こした状態となると、オペの難易度は格段に上がる。

 父にもその実績があることは知っていたが、まさか千石先生のお兄さんを助けていたなんて……。

「だから、俺にとっていつまでも院長は憧れだし、そんな素晴らしい医師のもとで働ける小田切総合病院に魅力を感じているからこそ、今の職場にいる。俺以外の家族も院長には大きな恩を感じているから、娘のきみを娶るとなったらみんな喜ぶと思うんだ」

 私はやみくもに求婚されたわけではなく、千石先生にもそれなりの理由があったのだ。

 でも、すごいのはあくまで父であって、私ではない。

 彼の言うようにご家族が喜んでくれるとは私にはとうてい思えないのだけど……。

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