一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
つまり、本当に愛し合ってる夫婦みたいな振る舞いを目指すってこと……?
想像以上の無茶な要求に、私は思わず首をぶんぶん左右に振った。
「む、無理です、私には……!」
「杏」
千石先生が、窘めるような声で私の名を呼んだ。いつもは『杏先生』なのに、なんだかもう夫婦の演技が始まっているみたいで、鼓動が乱れる。
どうしたらいいかわからなくてただ彼を見つめると、優しい千石先生の瞳が、オトメの格好をしたまま戸惑う私の姿を映していた。
「なにも知らないきみに、いきなり完璧な妻の演技を求めたりはしない。だからこそ一緒に暮らそうと言っているんだ。逆に俺だってきみが理想とする夫の姿はわからないんだ。杏の好きなものも嫌いなものも全部、少しずつでいいから教えてほしい」
「千石先生……」
戸惑いはなくならないけれど、彼がそこまで真剣に考えていると知って、胸が優しく揺れた。
形式上夫婦になるだけとはいえ、結婚は結婚。千石先生も軽い気持ちで提案しているわけではないようだ。
考えてみれば、普段から優しく面倒見のいい彼が、妻を蔑ろにする姿なんて想像できない。
たとえ恋愛感情がなくても、お互いの立場を尊重して良好な関係を築こうということなのだろう。彼の気持ちはなんとなくわかった……けど。