一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「ええと、髄膜腫の臨床と病理……」
午後九時過ぎ、私は誰もいない医局の片隅で資料を探していた。仕事が終わった後でも、私はこうして病院に残ることが多い。
脳神経外科の専門医になるには、業務時間内の実践的な勉強だけではとても足りないのだ。
知識と理解を深めるために書籍を読み込んだり、オペで使うのと同じ顕微鏡を覗いてガーゼに糸を縫いつけ、手先の感覚を養ったり。
やるべきことは山積みで、一日二十四時間ではまったく足りない。
「あった。届くかな……」
書架の一番上にある目的の本に向かって背伸びをする。突っ張ったふくらはぎがぷるぷると震えるのを感じながらようやく手が届きそうだったその時、医局に誰かが入ってくる気配がした。
「……本当にまだいた。院長の言った通りだな」
短く呟いたのは、今日もずっと一緒に仕事をしていた人の声。つかつかとこちらに歩み寄ってきた彼は、私がようやく掴めそうだった本をパッと手に取った。
「あ、ありがとうございま――」
背の低い私に変わって取ってくれたのかと思いきや、千石先生は伸ばした私の手を避けるようにして、本を高いところへ持ち上げてしまう。
優しい彼らしからぬ意地悪な行動に、目を瞬かせた。