一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
結婚するつもりなのだからいつまでもカッコつけているわけにはいかないが、最初から派手に愛情表現しすぎて引かれたら元も子もない。
どこまで自分を抑えられるか微妙なところだが、とりあえずはいつもの『千石先生』を演じて、杏の様子を窺うつもりだ。
腕時計を確認すると、午後六時を過ぎたところ。
日没が近い空は夕陽に染まり、周囲でからころと鳴る下駄の音、色とりどりの浴衣、街全体の浮きたった雰囲気すべてが、これから始まる花火大会を待ちわびているようだった。
杏と会うのを今日に決めてから花火大会のことを知り、花火というより花火を見て喜ぶ彼女の顔を見たいという衝動にかられた。
とはいえ直前に行こうと決めたところで、予約制の観覧席はすでにチケットが完売している。
そこで、俺は普段あまり進んで使うことのない〝千石家のコネクション〟に賭けてみることにした。
職場である小田切総合病院では大っぴらにしていないが、俺の実家は旧財閥家であり、二百坪を超える敷地に豪奢な屋敷を持っている少々特別な家だった。
父は幅広い事業を展開する『千石グループ』を率いる総帥。そして兄は関連企業の社長職に就いており、俺も幼い頃は将来グループ企業の社長になるよう言い含められていた。