一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する

 かくして、今夜は花火大会当日である。

 俺はネイビーのリネンシャツにチノパンというごく普通の服装だが、杏は浴衣を着て来るらしい。

 愛花先生の弟、つまり杏にとっては叔父にあたる男性が美容師で、髪も着付けもすべて世話してくれるのだそうだ。

 白衣でも魔法少女のコスプレでもない姿の杏は、いったいどんな雰囲気だろう。

 ぼんやりとその姿を想像しかけたその時、こちらに駆け寄ってくる小柄な女性の姿に気づく。自分の胸が一度大きく脈打ったことで、杏だとすぐに気がついた。

 白地に青や紫の菖蒲が描かれた、涼やかな浴衣。顔の左右におくれ毛を残し、低い位置でまとめられた髪には小ぶりな花の髪飾りがついている。

 息を切らせてやってくるその可憐な姿だけが視界の中で浮き上がり、他のものはすべて取るに足らない背景に見えた。

 浴衣姿の杏がただただ愛らしい。

「すみません、お待たせしました……!」

 彼女に見とれ一瞬返事が遅れたが、すぐに冷静さを取り繕って返事をする。

「急がなくていいと言っただろう。足、痛くないか?」
「大丈夫です。あの……改めまして、今日はよろしくお願いします」

 杏は病院で俺に指導を乞う時とまるで同じように、丁寧に頭を下げた。こんな時も真面目な彼女にふっと笑みがこぼれると同時に、鼓動が優しい音を奏でる。

 俺は本当に、七つも年下の彼女に心を掴まれてしまっているらしい。

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