一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「……こちらこそ。それじゃ、まずは手を貸して」
「えっ」
「今日は人出が多いから、はぐれないように」
キョトンとして手を出そうとしない彼女にしびれを切らし、小さな手を取って優しく握る。
やわらかくてあたたかい感触に、胸の奥がつねられたような痛みを覚える。
彼女の戸惑いに気づいてはいたが、少し強引にその手を引いて歩き出した。
振りほどかれることはなかったので、不快というわけではないのだろう。ちらっと見下ろした彼女の頬は薄暗くなりつつある景色の中でもほんのり赤く、それがやけに色っぽい。
俺はこれまでいくつかの恋はしてきたものの、杏のように男をまるで知らない女性を相手にするという経験は、実のところ初めて。
よく考えたら、男と手を繋ぐことすら彼女はきっと慣れていないのだ。なんだか俺まで初心に返ったように、甘酸っぱい気持ちになる。
「……杏。もう少しこっちに」
「はい」
駅前から花火大会の会場である公園を目指す人々はほとんど同じ方向に歩いているとはいえ、もちろん逆に駅へと向かう人もいる。
すれ違う時に杏がひとりの男性とぶつかりそうになったので、彼女を自分の方へぐっと引き寄せた。
その拍子に、下駄を履いているせいかよろけた彼女がトンと俺の胸にもたれる格好になった。杏の髪からふわりと甘い香りが舞う。