院内夫婦の甘い秘密~恋と仕事と、時々魔法~

「あの……?」
「これを読むのは明日にして、今日は帰るんだ。家まで送っていく」

 彼はそう言ってくるりとこちらに背を向けると、手にした書籍を私のデスクに置く。

「いえ、もうちょっと残ります。病院からうちまで歩いて十分なので、ひとりで帰れますし」
「ダメだ。きみを帰らせるよう、院長から命じられてる」
「父から……?」

 確かに私は実家暮らしだ。しかし両親も忙しい人たちだから、家にいるからといって必ず一緒に食事をするとか団欒を過ごすとか、そういう家庭ではないのだけれど。

「ああ。努力家な娘が誇らしい反面、心配なんだそうだ。勉強も大事だが、医者は体が資本。たまには家に帰って早く休まないといつか潰れてしまう」
「そんな……頑張るのは、むしろ父や母のようになりたいからなのに」

 私が脳外科医を目指しているのは両親の影響だ。父は今でこそ現場から退いて病院経営に注力しているが、現役時代は千石先生のように天才脳外科医と呼ばれていた。

 父を目標にして同じ脳外科医になった母も、専攻医時代は寝る間も惜しんで勉強したと聞いている。

 そんな話を聞かされて育った私に、無理をするなという方が理不尽ではないだろうか。

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