一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
俺の言葉を遮り矢継ぎ早にそう言った杏が、つないでいた手をパッと離して両手で顔を覆ってしまう。羞恥に耐えきれなくなった、そんな感じだ。
お世辞ではないのだが、今の彼女にそう言ってもあまり効果はないだろう。
「わかった。悪かったよ。手をどけて。杏の顔が見たい」
「ちょっと無理です……今、絶対にお見せできない状態なので……」
「それじゃ歩けないだろう。ほら」
少し強引に彼女の手首を掴み、ゆっくり顔の前からどかす。泣きそうに目を潤ませた杏が、茹で蛸のように赤い顔で唇を噛んでいた。
……無自覚か? これ。俺を煽っているようにしか見えないのだが。
このまま顔を近づけて唇を奪いたい衝動に駆られるものの、そんなことをしたら杏は失神してしまうかもしれない。
じれったい気持ちを持て余しつつもなんとか大人の分別を取り戻し、杏の頭をポンとひと撫でするだけに留める。
「とにかく、会場へ向かおう。食べ物の屋台も出ているみたいだ」
「……はい」
杏の手を引いて、同じように会場へ向かう人の流れに身を任せる。
途中、ふとどこかから視線を感じたような気がして辺りを見回したが、人が多いのでよくわからなかった。
気のせいだったのかもしれないと思い直し、杏と手を握り合っているというささやかな幸福にしばし浸った。