一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
「あの、ここって……?」
「俺たちが花火を見る席だ」
「えっ?」
そこはある中層ビルのルーフバルコニーだった。
芝生の上にラタンソファとテーブルのセットが置かれ、花火が上がる西の空がちょうどよく見える。
一般席は花火が上がる公園内に椅子を並べた即席のものだが、千石グループの名を聞いた花火主催者が気を利かせて用意してくれたらしい。
オーナーは下の階に入っているレストラン経営者らしいが、今夜は花火大会の縁日で特別料理を販売する屋台を出すため、店もバルコニーも使う予定はなく、快く貸してくれたそうだ。
お礼の代わりにその屋台で多めに買い物をしてきた。
見た目もお洒落な串揚げや骨付きスペアリブ、野菜のピクルス。縁日らしくラムネを使ったカクテルもあったので、それをふたり分。
袋にまとめてもらったそれらをテーブルに並べていると、杏が難しい顔で忙しなくスマホを操作していた。
よかれと思って用意した特別席だが、彼女はあまり喜んでいないようだ。
「……下の賑やかな雰囲気で花火を見る方がよかったか?」
こうした特別感も悪くないにしろ、大勢の見物客もある意味花火大会の風物詩。杏はそういう雑多な風情を味わいたかったのかもしれない。