一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
杏は俺の問いかけにスマホから目線を上げ、気まずそうにかぶりを振る。
「いえ。そういうわけじゃ……」
「でも、浮かない顔をしてる。下駄で歩いて疲れたか? とりあえず座ろう」
立ったままだった彼女の手を引いて、一緒にソファに座った。
手を離すと、杏が握りしめたままのスマホが短い着信音を奏でる。画面に注目した彼女の頬に赤みが差し、胸がざわっと嫌な音を立てる。
俺と一緒にいる時に、いったい誰と連絡を取っているというのだろう。
「大事な連絡か?」
ささやかな嫉妬心を押し隠し、問いかける。
杏は俯いて少し黙った後、長い睫毛を瞬かせて小さく口を動かす。
「……姉です」
「姉……ああ、双子のお姉さんがいると言っていたな」
男ではなかったことにホッとする。
しかし、杏の表情はまだ冴えない。その理由を尋ねようとしたところで、彼女が顔を上げて俺を見た。この上なくすまなそうに愛らしい眉を下げて。
「すみません、千石先生」
「どうした、藪から棒に」
謝られる原因に心当たりがなく、慌ててしまう。
まさか、このタイミングでフラれるなんてことはないよな……?