一途な脳外科医はオタクなウブ妻を溺愛する
専攻医小田切杏の試練
それは、九月に入ってすぐのことだった。
昼休憩に入ろうと思ったところで院内スタッフ用のスマホが鳴り、担当患者になにかあったのかと思ったら、父からの連絡だった。
なんの話だろうと訝しく思いつつも、呼び出された院長室の扉をノックする。
「どうぞ」と言われたので中に入ると、父のデスクの手間にある応接スペースに三人の人物が座っていた。私を呼び出した父と、その隣に母。向かい側には千石先生がいて、その意外な顔触れにドキッとしてしまう。
千石先生とは夏の終わりに花火大会に出かけた時、おでこにキスされるという衝撃の展開はあったものの、それ以降は結局いつもの関係に戻っていた。
ただ、医局にいると前より目が合う回数が増えたような気がするし、私が自分の勉強のために居残りをしていたりすると、見守るかのように彼も残業をする。
たまに一緒に帰ることもあるけれど、うちが病院から近いので話ができても少しだけ。
一度手を握られそうになった時は、職場も家もすぐそこというシチュエーションにどうしても耐えられず、私から拒否してしまった。
『ご、ごめんなさい』
『……いや、こっちこそ』
私の気持ちを汲んでくれたのか、先生はそれ以降私の方に手を伸ばさなくなった。