旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!
そして、気づけば夕食の時間になっていた。
 アメリアはリリーの手を借りながら身なりを整え、食堂の方へと向かうが気はいつもよりも重いものだった。
 ここ最近は書くことが楽しみで会話のない食事もどんな話を書こうか考えながら食べていたため、そこまで苦ではなかった。だが今日はいよいよ本棚を買っても良いかを聞かなければならない。
 本来であれば許可をもらっているのだから買っても良いと言うのに、アメリアの価値観がそれを許さなかった。
 どうやら到着が早かったらしく、ウィリアムの姿はない。先に席へと座って彼のことを待つが、アメリアはどこか落ち着かない様子を見せながらソワソワとしていた。どう話を切り出すか、反対をされたらどうするべきか、そんなことを延々と考えている。
 あれこれと悩んでいるうちにウィリアムもやってきた。

「こ、こんばんは……」
「……あぁ」

 相変わらず冷めた反応だった。
 アメリアが何かを注文していることは知っているのに、それに言及すらしない。「最近はどうだ?」などの気遣いの質問も全くない。逆に、こちらが聞けば結婚するときの「干渉をしない」という条件が破られてしまう。
 彼が座ったことで夕食が運ばれてきた。変わらず、会話のないまま食事を進める。静かな空間に食器にナイフやフォークが当たる音しかしない。最初の頃は気まずいと思っていたが、今ではすっかり慣れてしまった。

(そろそろ聞いてもいいかしら)

 テーブルにはデザートが運ばれてきてしまった。これを食べればウィリアムは自室に戻ってしまい、アメリアはまた明日まで聞く機会を逃してしまう。

「あ、あの。旦那様」
「……どうした」
「え、っと……その、」

 どうしても緊張してしまい、アメリアはどもってしまった。だがウィリアムはそんなアメリアを気に留めることなく、デザートを食べ続けている。急かされたり、きつい言葉を投げかけられるよりはマシだろうがあまりの無関心さにもはや驚く。

「本棚が、ほしいです……ッ」

ウィリアムはデザートを食べていた手をピタッと止め、アメリアの方を見た。アメリアは無事に言えたことにドッと疲れて顔を少しだけ赤くさせている。
 ウィリアムは驚きの表情を浮かべていた。数時間前にリリーが驚いていたように、ウィリアムも驚いたのだ。伯爵生まれの令嬢が本棚の購入に許可を求めるとは思っていなかったのだ。
 高級なドレスやアクセサリーをたくさん買われると“公爵夫人は浪費家”という噂が流れる可能性もある。それは困るからと執事に領収書を渡すように頼んでいたがそれらを購入した形跡はなく、買ったものといえば紙やインクなど。もしくは、気を緩ませた時にでも高い買い物をするのではないかとウィリアムは思っていた。
 だが、実際はどうだ。緊張しながら本棚が欲しいとねだるのは予想もしていなかった。好きにかって、費用もいくらかけても良いと伝えたはずだ、とウィリアムは戸惑った。

「……好きにするといい」
「で、ですが、本棚は高価なものです」
「それくらいでは公爵家に響かない」
「……ありがとうございます」

 アメリアはほんの少し、がっかりした。関係ないと言われたこともだが、彼に「たかが本棚」と言われたような気分だった。アメリアにとってはとても大きな買い物だと言うのに、それを大したことでもないと言いたげなウィリアムに寂しさを覚えていた。

(やっぱり、私はおかしいのかしら)

 アメリアはため息をバレないように小さくこぼしながらデザートの最後の一口を食べた。
 ウィリアムもさっさと食べ終え、あっという間に部屋から去っていった。アメリアもそれに続き、立ち上がって自室へと向かう。せっかく本棚を買っても良いという許可をもらったのに、気分は上がらないままだった。
 何かを期待したわけではない。ただ、自分の感覚が変だと言われているような感じで、どうも納得がいかないような、モヤモヤとする気持ちだった。

(……だめよ、こんなことで落ち込んでいては)

 アメリアは自分に活を入れるかのようにぐっと拳を握った。
 いくら肩書きだけとはいえ、私は公爵夫人だ。こんなことで落ち込む暇があるなら、人生を無駄にしないためにも走り続けなければ。
 前世では孤独や社交界での噂、後継ぎが産めない妻に対するウィリアムからの冷たい態度、他にも色々なことに心労を募らせて人生を早いうちに終わらせてしまった。
 今世では、絶対に長生きもして夢も叶えてみせる。

(今世こそ、諦めない……!)

 アメリアは改めて決意をし、自室に戻った途端すぐに執筆を再開した。
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