旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!
見た目でしか判断のできない店主に流石のアメリアも怒りが沸々と湧いてきた。かといって反論をすることはできない。アメリアは自分があまりにも弱いと思った。

「……奥様、違うお店に行きましょう。旦那様が契約しているところは他にもあります」
「……契約?」

 店主は耳を疑った。
 契約、とはいったいなんのことだと思った。契約といえば、貴族とドレスの仕立てを契約している家もあれば材料を卸してくれる企業もある。
 ウィリアムが経営している布屋があり、アメリアたちはその布を卸している店に来ていた。

「この方は、ウォーカー家の夫人です。あまりにも無礼な態度を見逃すことはできません。このことはウィリアム様に報告させていただきます」

 リリーは強気で答えた。アメリアはそのリリーの姿に驚きながらも尊敬し、自分の頼りない態度に申し訳なく思った。
 店主の方はといえば慌てながら弁明しようとしていたがすでに遅かった。

「も、申し訳ありません! まさかウォーカー公爵夫人だったとは……! どうか、どうかご勘弁を……!」
「……すみません」

 アメリアは必要がないにも関わらず、謝った。
 ここまで来ると怒る気にもなれず、もはや店主がこんなに狼狽えるほどのことをしてしまったことへの罪悪感はあった。だが、ここで自分が許してしまえば公爵家の威厳がなくなると考え、せめてもの言葉を出したのだった。

 二人が店を出ようとした際、店主は絶望に浸った声で「もう、おしまいだ……」と呟いた。


 そんな店を後にし、アメリア達は数軒先のドレス屋へと訪れた。先程の店とはまた違った雰囲気だがシンプルかつ煌びやかなドレスが並んでいた。

「いらっしゃいませ、奥様。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」

 比較的穏やかで、紳士のような落ち着きのある笑顔で店主が迎え入れた。にこにこと優しく笑うところを見ると営業スマイルかもしれないが、アメリアの姿を見ても引かずに一人のお客として扱っている。この時点で安心ができる。

「こんにちは。外出用ドレスを何着か購入したいのですが……」
「かしこまりました。希望はありますか?」

 店主は丁寧に礼をし、要望を聞く体勢になった。だが、アメリアは特に希望がない。強いて言えば派手になりすぎないもの、くらいだろうか。

「ウエストが絞られ、スカートは少し広がるものを。色味は淡い色でデザインは派手にならないものをお願いします」

 アメリアが戸惑っていると、リリーが店主に要望を伝えた。その様子に店主は少しだけ驚きながらも「かしこまりました」と返事をして何着か見繕い始めた。
 アメリアは伝えてくれたリリーにお礼を伝え、二人で小さく笑い合った。
 どんなものが用意されるのか楽しみにしながら待つこと数分、店主は三着ほどのドレスを持って戻ってきた。

「お待たせしました。こちらは如何でしょうか?」

 デザイン全体が見えるように、店主はハンガーを壁にかけてドレスを見せてくれた。
 小さな宝石で光る布たちは大人しくも綺麗な光を放ち、デザインも全体的にシンプルだった。淡い色が映え、細かいレースも施されている。アメリアにとても似合うドレスのデザインだった。

(綺麗……旦那様は、こういうことにも関わってるんだ)

 この綺麗なドレスたちの元を辿れば布であり、それを卸しているのはウォーカー家が経営している店だ。これらを仕入れ、経営して、その布を使われたドレス達が世に回ってたくさんの女性を笑顔にする。ウィリアムはそこまで考えていないだろうが、アメリアは自分の旦那がこういうことに携わっていることに感動した。
 女性店員の手を借りながらドレスを試着すれば、鏡に映ったのは美しい姿のアメリア。彼女はそこで初めて、自分に似合うドレスを着たのだと実感した。今までは母の好み……というより、母がてきとうに選んだドレスだったためアメリアに似合うものではなかったが、今回は違う。リリーや店主の力を借りて選んだドレスというのはアメリアにぴったりであった。

「すごい……」
「よくお似合いです!」

 リリーは少し興奮気味に反応を見せた。褒め言葉を並べ、色々な角度からアメリアを見ては「素敵」や「とてもお似合いです!」などお言っている。アメリアはその反応を見て安心した。自分だけが似合っていると勘違いしていたらどうしようかと思っていたのだ。

「今試着したもの、全て購入します。サイズを直してウォーカー家に送っていただけますか?」
「かしこまりました、奥様」
「それと、今着ている一着だけはすぐに着ていきたいのだけど……可能でしょうか?」
「もちろんです。少しだけお時間いただきますが、お茶を淹れますので少しお待ちください」

 店主は見抜いていたのか、それとも驚いていない振りをしているのか。公爵家の名前を出しても平然とした態度で、先ほどと態度を変えることなく接客を続けた。
 これを見たアメリアはこのお店なら信用できると考え、運ばれてくるお茶を飲んで待つことにした。

(……ところで、値段を見ずに買ってしまったけど大丈夫かしら)

 ドレスとなれば高価なものだ。
 いくら自分の旦那が卸しているお店とはいえ安くは済まないだろう。そのことに少しだけ不安を覚えながらアメリアは領収書を受け取った。
 するとそこにはアメリアの想像ができないほどの金額が書かれていた。書かれていた値段は普通のドレス店にしてはお値段が優しかった。デザインをシンプルにしたこと、加えてウォーカー家が関係していることで値段は優しめだったのだが、アメリアにとっては信じられない価格だった。ドレスを数着購入しただけでこれとなれば、自分の母は一体どれだけの浪費をしていたのか想像もできなかった。
 リリーに不安の目をしながら訴えれば伝わったのか、彼女はアメリアの横に来て値段を共に確認してくれた。だがリリーの反応はアメリアの予想に反して「思ったより安い」という反応を見せた。

「こ、これが適正価格よりも優しいの……?」
「ええ。少なくとも私の経験上、とても良心的な価格かと思われます」

 そのことにショックを受けたアメリアは震えながらも領収書に支払いのサインをし、サイズ直しされたドレスに着替えた。
 古いドレスの方は新しいドレスと共に公爵家へ送ってもらうことになったが、アメリアは「旦那様に何かを言われたらどうしよう」としか考えておらず、心ここにあらずの状態であった。
 本棚もきっと高い。それを考えただけで楽しみだという気持ちよりも「何かを言われたらどうしよう」という気持ちでアメリアはいっぱいだった。
 それとは反対にリリーは、自分が仕えている奥様と楽しい買い物ができたと大変満足な様子だった。
< 12 / 37 >

この作品をシェア

pagetop