旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!
 馬車が家に到着し、降りて家の中へと入る。当たり前だがウィリアムの出迎える姿などなく、そのまま流れるように自室へと向かった。外出用ドレスから室内用のドレスに着替え、幾分か楽になった格好でソファに座る。まだドレスも本棚も届いていないが、数日間の間に今日買ったものが自室に来るというだけで胸は高まっていく。

「奥様、お茶をお持ちしますか?」
「ええ、お願い。夕食まではまだ時間あるわよね?」
「はい。今日は旦那様の仕事が長引くみたいです。なので、夕食の時間も遅くなるかと思います」
「わかったわ」

 リリーは一礼をしてから部屋を去り、お茶を淹れるために厨房の方へと向かった。
 ウィリアムは家で仕事をしているが、実際に品物を見たり契約を自ら結びにいくことも多い。そのため、書類仕事を家でこなしながら外で仕事をすることも多い。夕方ではあるが、これから契約を結びにいくために外出をしたみたいだった。
 そうとなれば、帰ってくるのは先になるだろう。棚も明日には届くらしく、紙が倒れる心配をしながら書く必要はない。そこまで考えて、今日はまだ何も書いてないことから”書きたい”という気持ちがアメリアを駆け巡った。

(夕食までよ、夕食まで)

 机の前にある椅子に座り、昨日の続きから書き始めようと準備をし始めた時にちょうどリリーが戻ってきた。紅茶のセットをしてもらうと部屋にいい香りが広がる。
 夕食まで休んでいても良いことを伝え、リリーには部屋を出て行ってもらった。これで部屋にはアメリア一人となり、思う存分物語を書けることに満足を覚えていた。
 ペン先をインクにつけ、文章を書く。頭に出てきた物語の流れを書いては読み返し、直しては書いて読んで、を繰り返す。時間はいくらでもあるというのに、頭にある物語が同じ速度で紙に反映されないことにもどかしさを感じている。もっと早く書きたいと思う反面、この時間がもっと長く続いてほしいとも願っている。
 気づけけば机に上には数枚の紙が散らばり、手はインクで汚れていた。リリーはそのことを予想していたのか夕食のための準備をはやめようと、すでにタオルとお湯の入った桶を持って待機をしていた。

「こんなことだろうと思いました」
「あら、もうそんな時間?」

 リリーはほんの少しだけ呆れたように笑い、アメリアの身支度を手伝い始めた。インクで汚れた箇所を拭き、髪の毛を綺麗にまとめる。身支度が終わればリリーは散らばった紙をまとめ、先ほどまで辞書や紙で乱雑になっていた机が綺麗な状態へとなった。

「奥様、もうそろそろで旦那様が帰宅するそうです。お出迎えに行きますか?」

 少し様子を伺うように、リリーは聞いた。だがアメリアは少しだけ考えた後、首を横に振った。出迎えたところで大した返事ももらえず、会話もできないのだから意味もないだろう。それに、彼はきっと自分の顔をそんなに見たくはないだろうとアメリアは考えた。それなら多少待たされるとしても、食卓に彼が来るのを一人で待っていた方がまだいい。
 二人の足は玄関に向かうことなく、そのまま食堂の方へと向かった。歩きながら、アメリアは先ほどの不安を思い出した。彼に何かを責められたらどうしよう、とまた考え始めてしまったのだ。本棚の購入には許可をもらっているが、ドレスの方にはもらっていない。どうやら領収書はすでにリリーが執事に渡したようなので、彼がそれを確認した時に疑問を覚えて仕舞えば何かを言われてしまうかもしれない。
 不安で緊張をしながら中に入って椅子に座ること十数分、ウィリアムが少しだけ疲れたような顔をして入ってきた。

「こんばんは」
「……ああ」

 何度繰り返したって変わらないこの挨拶。
 ここで板割りの言葉をかけても変に思われて終わりだ。いつものように特に会話のないまま食事が進んでいく。

(もしかして、何も言われない……?)
 
 食事はすでにデザートまで進んでいた。それまでの間、ウィリアムは一切話をしようとせず、もっと言えばアメリアの顔すら見ようとしなかった。
 リリーの言うように、彼はドレスを買っただけでは何も言わないのかもしれないと思った。もしくは、帰ってきたばかりでまだ領収書を確認していないのか……。

「……ところで」
「ッ! はい!」

 思わずカトラリーを落とすところだった。
 ウィリアムからアメリアに話しかけることなどなかったのに、終わりかけの頃に彼が口を開いたのだった。だが表情は一切変わらず、いつも通りの無表情であった。

「買い物に行ったと聞いたが、無事に買えたのか?」
「は、はい……おかげさまで、良い本棚を買うことができました。それと……その、外出用のドレスを数着購入しました。旦那様に聞く前に買ってしまい、申し訳ありません」

 アメリアの声は震えていた。彼からその話題を振ってくれたのだから、自分から報告したほうが後から「なぜ言わなかった」と強く責められないかもしれない。
 震えながら話すアメリアに疑問を持ちながらも、ウィリアムはなんてこともないように「そうか」とだけ言って、食事を終わらせてしまった。

「……別に謝ることではない。また何かあれば言ってくれ」
「は、はい……」

 去り際にそう言って、ウィリアムは食堂から出て行った。
 アメリアの方といえば呆然とした。もっと何かを言われるかと予想をしていたのに、お咎めなし。さらには「また何かあれば言ってくれ」の一言。
 もしかして、ひどく冷たい人というわけではないのだろうか。アメリアは疑問に思いながらも最後の一口を食べ、席を立った。
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