旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!
 食い入るように新聞を読み込んでいるアメリアを不思議に思ったのか、リリーはそっと声をかけたが夢中になっているため彼女の声に気づかないまま詳細を読み込んでいる。
 するとアメリアは急に立ち上がり、自分の書いた作品を見返すために積み上がった紙の一部をそっと抜き取った。見返せば勢いで書いた部分があるため荒いものの、ちゃんと指定された紙に添削をしながら書き直せば提出できるくらいには物語は進んでいた。

「奥様!」

 少し大きめな声で呼ばれ、アメリアの肩が少し跳ね上がった。後ろを振り向けば少しだけ呆れるような顔をしたリリーが立っており、ほんの少しだけ怒っているようにも見えた。
 それもそうだろう、夢中になったアメリアは床に座り込みながら自分の作品を読み返していた。何度声をかけても反応せず、次々に紙を取り出しては床に置き、また取り出すということをしていた。そのため先日片付けたばかりの床には紙が散らばっており、ひどい状態になっていた。

「いくら明日に棚が届くとはいえ、夢中になりすぎです!」
「ごめんなさい……その、これを見てつい興奮してしまって」

 アメリアはリリーに新聞を見せた。しばらくその記事を読んでいたリリーは読み終わった途端すぐにアメリアの顔を見た。

「奥様、もしかしてこちらに……?」
「応募してみようかと思って。もちろん公爵家の名前は出さないわよ」

 公爵家の名前を出せばそれだけで話題を呼ぶだろうが、それはほとんど悪い意味になるだろう。女が小説を書くことに対しても批判がくるだろうし、それがウォーカー公爵夫人ともなればウィリアムにまで迷惑がかかる。
 リリーもこれには賛成をしたいと考えたが、侍女としてどう動けば良いのかわからなかった。身分がわからないように偽名を使うとはいえ、いつかバレてしまう日が来るかもしれない。それを考えれば止めるべきなのだろうが物語を楽しそうに、幸せそうにしながら書いているアメリアの姿を知っているからこそ止める気になれないのだ。ここで反対をしてしまえばアメリアはがっかりするだろう。せっかく楽しそうにしているというのに、ここで反対をしてしまえば公爵家に来たばかりの彼女に戻ってしまうかもしれないと、リリーは考えた。

「……奥様、締め切りも一週間後ともなれば早く事を進めなければなりません。私にできることがあれば何なりとお申し付けください」
「リリーッ……!」

 アメリアは嬉しさのあまり、リリーに抱きついた。リリーもどこか嬉しそうにしながら優しく抱きしめ返し、少ししてから離れた。
 今日はもう夜も遅い。明日からまた作業をするためにもアメリアはお風呂に入って寝ることにした。


 翌朝、アメリアの元に本棚と棚が届いた。注文通りの品で、部屋に置いてもインテリアによく馴染んでいた。
 早速本棚に小説本をしまおうとしたところ、リリーに止められてしまった。彼女曰く、きっとアメリアは整理をしながら興味が引かれた小説に目を取られて読み始めてしまう。さらには書いた作品の整理ともなれば自分が書いた作品も読み返してしまうだろうと判断したのだった。

「なので、奥様はご自身の作業を進めてください」
「で、でも……貴方にだけやらせるのも申し訳ないし」
「それが私の仕事ですから! 奥様は執筆しててください!」

 まったく、と言いながらリリーは小説本のタイトルやあらすじを見て仕分けをし、本棚へとしまい始めた。自分が手伝えないことに少しだけ残念だと思いながらもアメリアは机に向かって座った。
 指定された紙はちょうどアメリアがこの前注文したばかりの紙と同じものだった。運がよかったと思いながら書き始める。丁寧に、誤字脱字や矛盾が見つからないように慎重になりながら書き進める。時間はいつもよりかかるものの、アメリアはそれを楽しんでいた。いよいよ自分の作品が自分以外の人の目に触れることもそうだが、改めて書き直すことで最初に見えてこなかった書き足りなかった部分が見え、添削といいながらも書き足しているような感じにもなっている。書き終わる頃にはページ数が増えているだろう。
 数時間経つ頃には本棚には綺麗に整頓された本たちが並び、棚には今までアメリアが書いた紙の束が綺麗にまとめられていた。リリーの作業が終わったことにも気づかず、アメリアはすごい集中力で書き進めていた。でもその時の表情というのは大変でも幸せそうで、声をかけようにも邪魔をしたくない。それでも、水分も取らずに集中していると脱水症状を起こしたり糖分不足で頭が回らなくなってしまうだろう。
 リリーは音を立てずに部屋を出て、アメリアのために紅茶とクッキーなどのお茶菓子を用意した。

「奥様、一度休憩をしてはいかがですか?」
「え……あら、もうこんなに時間が経っていたのね」

 体を伸ばし、ペンを長く握っていた手を軽く動かす。
 そしてリリーが用意してくれた濡れたタオルでインクのついた手を拭き、お茶を飲むためにソファの方へと移動した。

「このままの調子でいけば明日には提出できそう」
「もうそこまで書いたんですか?」
「ええ、今日徹夜でもすれば……」
「奥様、それは許しません」
「……どうしても?」
「どうしてもです。徹夜をすれば体調も崩れます! まだ時間はありますから、どうか無理はしないでください」

 あまりにも心配そうな顔で言うリリーに、アメリアは強く言えなかった。でも、リリーがここまで心配をしてくれるということに感謝をしていた。前世ではここまで親密に話すこともなかったというのに、今ではこうやって話をし、心配の言葉もかけてくれる。これだけでも十分なことだとアメリアは思った。
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