旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

9話 お茶会の準備

 アメリアのことを敵対視しているリーゼ・ベネットからお茶会の招待を受けた数日後、お茶会の詳細が書かれた手紙が送られてきた。
 誰を招待したのかが書かれており、ドレスコードやお土産は特に必要ないと書かれてはいるがそんなのは口先だけだ。ちゃんと流行に合わせたドレスを着て、何か手土産でも持っていかなければ恥をかいてしまう。
 前世でアメリアは、それをやってしまったのだ。ブラウン家にいた頃は社交界デビューはしたものの、淑女が参加するお茶会の招待を受けたことも主催をやったこともない。例え招待を受けたとしても母親が参加することに反対をするのが目に見えていた。
 そのため、公爵夫人になったとしてもアメリアはお茶会のマナーを全く知らなかった。結果、前世でリーゼ主催のこのお茶会に参加した時大恥をかいたのだ。流行遅れの古いドレスになんの手土産もなくやってきたアメリアを見てリーゼは馬鹿にし、他に参加していた人たちもくすくすと嘲笑っていた。

「……ドレスはこの前買ったからいいけど、問題は手土産よね」

 アメリアは今世こそ恥をかかないために招待を受けた翌日からマナーを学び始めた。今更マナーを学ぶというのも恥ずかしいことだが、前世みたいな思いは二度としたくなかった。
 そこでアメリアは、手土産を悩んでいたのだ。お茶会なら食べ物が良いのかと思いきや、主催の人が用意してくれた食べ物と同じになってしまった時、失礼にあたるらしい。かといってワインがいいかと思えば苦手な人もいるとのこと。
 今のところ候補で一番無難なのは紅茶だった。貴族の中でも親しく飲まれていて、手頃な価格のものもあれば高級な紅茶だってある。紅茶であれば文句を言う人も現れないだろうが、アメリアはそれでも不安だった。
 いくらマナーを守ったところで、自分がお茶会に参加をする時点で馬鹿にされたりするのではないかと不安なのだ。それに、お茶会に参加することをウィリアムは反対はしなくても手土産代は彼からもらわなければ買うことすらできない。何度もお金が欲しいと伝えるのもアメリアにとって苦であった。

(でも、何も持っていかないで恥をかくのはウォーカー家でもある)

 自分は公爵夫人だ。自分の行いは全てウィリアムにも影響を与えてしまう。そのことをしっかりと自覚しなければならない。
 この後、ウィリアムと夕食を共にする。その時に話を通さなければお茶会当日に間に合わなくなってしまう。
 アメリアは意を決し、食堂の方へと向かった。

 いつものように食堂に入ればすでにウィリアムは着席しており、アメリアは慌てて挨拶をした。

「こんばんは、旦那様」
「……ああ」

 いつものように挨拶をし、自分の席に座る。
 アメリアが座ったことで運ばれ始めた料理に手をつけ、黙々と食べる。だが、今日はウィリアムにも話をしなければならない。

「旦那様、お茶会のお誘いをリーゼ様から受けました」
「……ああ、ベネット伯爵の」
「はい。それに伴い、手土産を紅茶にしようと考えているのですが……」
「わかった。紅茶ならレオンが店を知っているから聞くといい」
「ありがとうございます」

 レオンとは、ウォーカー家の執事だ。
 アメリアが買い物をした時の領収書などの管理をしているのもレオンであり、ウォーカー家の財産管理の一部も彼が担当をしている。ウィリアムより年上だが、三十代という若さにも関わらず管理を任されたり、ウィリアムからの強い信頼を受けている、仕事ができる有能な執事だ。
 その後も特に会話がないまま、食事を終えた二人は食堂を出て各々の部屋へと戻った。
 アメリアは部屋に戻り、少し休んだあとにリリーにレオンを呼ぶようお願いをした。
 すぐにやってきたレオンはアメリアのドアを数回ノックし、部屋へと入ってきた。

「お待たせしました、奥様。どのようなご用件でしょうか?」

 丁寧に礼をしながら用件を聞いてくるその姿は、執事として本当に美しい所作であった。この姿だけでも、レオンという人材を欲しがる貴族は他にもいるに違いない。
 柔らかく微笑み、腰が低いように見えて自分の仕事への自信は誰よりもあるように見える。

「急にごめんなさい。今度、リーゼ様のお茶会に行くから手土産に紅茶を持っていこうかと思って。旦那様に聞いたらレオンが詳しいから聞いてみるといいって」

 レオンは顔には出さなかったものの、驚いた。
 アメリアが紙などの注文を好きにしてもいいとウィリアムに言われ、領収書の数が増えた時も驚いていたが、このように呼ばれて仕事を頼まれるのは初めてのことだった。
 レオンから見たアメリアというのは、伯爵令嬢にも関わらずあまり堂々としておらず、公爵夫人という肩書きは彼女にとって重いものではないかと思っていた。それに加え、ウィリアムとの仲もあまり良くないと聞いていた。
 それなのに、今はウィリアムに相談をした上で自分に仕事を頼んでいる。二人の仲が親しくないとはいえ、アメリアからウィリアムに歩み寄ろうとしているようにレオンには見えた。これは、進歩とも言えるだろう。

「左様でしたか。相手の好みなどはございますか?」
「実は知らないの。だから万人受けをする紅茶で、尚且つ恥にならない価格のものがいいわ」
「かしこまりました。他の参加者の方への手土産もそちらにしますか?」
「え、ええ。そうね、そうするわ」
「承知しました。では、注文の方をしておきます」

 レオンはまた丁寧に礼をしてから部屋を出ていった。
 そしてアメリアの方といえば、自分があまりにもマナーを知らないことに自己嫌悪していた。

(そうだった、他の参加者の分も用意しないといけなかったわ)

 まだまだ知らないことがあることを痛感しながら、アメリアはベッドに転がった。
 前世に比べて少しずつ成長をしているとは思うのに、それでもまだまだ足りないことにショックを受ける。今世では頑張って色々動き始めているが、それでもまだ公爵夫人には相応しくないだろう。

(確かに、こんな妻は嫌に決まってるわよね)

 前世での自分を思い出し、思わずため息が出ると同時に羞恥心が襲ってきた。
 いくら取り繕っても中身が伴っていなければボロは出る。自分が気づいていなかった過ちをウィリアムはカバーしてくれていたのだろう、それに気づいていなかった自分が恥ずかしい。こんな妻に対して愛を持って接しろというほうが難しいだろうし、今となっては彼に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 実際、ウィリアムはその辺りは気にしていない。彼は妻という人間が欲しかっただけで、アメリアに愛を求めることもなければ立派な公爵夫人になってほしいとも思っていないのだ。仕事や今後のことを考え、さらに父親からの何度も言われた「家庭を持て」という言葉に嫌気が差して面倒にならない女性と結婚をしただけである。その“面倒”にならない女性がたまたまアメリアなだけだった。

「……とにかく、今はお茶会を乗り越えないと」

 考えるだけで気が重くなることだが、前世で言われたドレスや手土産に関してはこれで問題は無くなった。あとは、当日を乗り越えればいい。
 悪い方向に進みませんように、と願いながらベッドから起き上がって、気分を上げるためにも小説を書き進めることにした。

 数日後、あっという間にお茶会当日がやってきてしまった。
 朝の食事中にも「リーゼ様のお茶会に行って参ります」とウィリアムに報告をすれば「わかった。気をつけて行ってくるといい」と言われてしまった。

(失言のないように、ってことよね……)

 ウィリアムは当たり障りないように、体調や怪我などに気をつけてという意味を込めて言ったのだが、アメリアには一切伝わっていなかった。
 なんでも悪い方向に考えてしまうのはアメリアの癖でもあるが、ウィリアムもこういった日常的な会話では表情が動かない人間のため、なかなか話が通じ合うことはない。
 丁寧に髪の毛をまとめ、コルセットをキツく縛る。先日買ったばかりのドレスを身に纏えば見た目は立派な公爵夫人だ。
 レオンが用意してくれた手土産の紅茶も、上等なものだった。有名な紅茶店に注文をしてくれたらしく、その中でも希少価値が高い春摘みのファーストフラッシュと呼ばれるダージリンを頼んでくれた。
 彼の説明によれば、ファーストフラッシュというダージリンは収穫量が少ない上に花の香りと爽やかな渋みを楽しめるらしい。結婚祝いをしてくれるお茶会であれば、この程度のものがいいとのことだった。

(希少価値、と呼ばれるくらいだから相当な高級品に違いないわ……)

 アメリアはこの手土産にもどのくらいの費用が掛かったのかあまり考えたくはなかった。
 用意をし、約束の時間に合わせて屋敷を出る。どんなお茶会になるのか不安になりながら、アメリアは馬車に乗り込んだ。
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