旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!
〜 一年前 〜
私の人生って、意味があったのかな。
アメリアはぼんやりとそんなことを考えていた。
死んだ経験などないのにも関わらず、彼女はもうそろそろで自分の命が終わることがわかっていた。
ベッドに横たわっている彼女の姿はひと目見ただけで病人だとわかるほど細く、頬はこけていた。艶のあった髪の毛も抜け、薄くなっている。
息も浅く、ヒュー、ヒューという呼吸音が聞こえ、呼吸が正しくできていない。
もう、長くはない。
「奥様……」
アメリアの手をそっと握り、眉を下げながら彼女の専属侍女であるリリーはずっと祈っていた。
祈ったところで、もう命は長く続かない。
「……だんな……さま、は?」
アメリアは力を振り絞って声を出したが、聞くに耐えないほどの掠れた声だった。それでもリリーは聞き取ったが、気まずそうに眉を顰めながらゆっくりと首を横に振った。
「……そう。リリー、ありが、とう……あなたが、いた、から……」
「そんな! 奥様、もったいないお言葉を……!」
「……たいしたこと、できなかった。ごめ……なさ、い……ありが、とう……」
「奥様! 奥様……!」
アメリアの意識はゆっくりと落ちていき、聞こえていたリリーの声も聞こえなくなっていった。
(ああ……もう終わりだ。なんにもできない人生だった)
最悪な家から出て旦那様の家に嫁いで、幸せになれなくても充実した人生が送れると思った。
でも、私はただの道具でしかなかった。旦那様の妻という肩書きだけで、後継ぎを産むためだけの……ただの道具。結局、跡継ぎも作ることができなかったから彼からの扱いはもっと冷たいものになった。
彼の役に立つこともできず、彼からの扱いもだが後継ぎができないことで社交界での扱いも酷いものだった。
結果、心労を募らせて病気にもやられて……。
リリーがいなければ、本当の孤独だったに違いない。
悔しい、もっと足掻けばよかった。
旦那様が私に興味ないなら、好き勝手にやればよかった。
今更後悔したところで意味なんてないのに、後悔が押し寄せる。
戻れるなら、戻りたい。
やりたいことをやってから死にたかった。
どうか、次の人生はもっと良いものに……。
・
・
・
大きな声で呼ばれ、アメリアは目が覚めた。
目を開ければそこにはいつもと同じ天井が見え、視界の中には侍女であるリリーの姿があった。
「奥様、大丈夫ですか? ずいぶんとうなされてましたが……」
「……え?」
アメリアは急いで起き上がった。
目の前にいるリリーは、急に起き上がった彼女に驚きながらも心配そうに眉を顰め、不安の表情を浮かべている。
でも、アメリアにとってはそれどころではない。リリーの姿が、出会った時と変わっていないのだ。
(なんで、私は生きているの……?)
彼女は自分が生きている感覚に驚いた。
間違いなく、自分は死んだはずだ。
病気とはいえ、比較的穏やかに死んだと思っていたが今さら走馬灯でも見ているのではないかと錯覚していた。
「奥様……?」
アメリアは辺りを見渡したが、そこは間違いなく自室だった。
でも、少し違った。彼女の部屋はもっと暗くて病気特有の匂いもあった。
そもそも、このように起き上がることも不可能なほどに体は衰弱していた。
(待って、起き上がることも?)
アメリアは慌てて自分の体を見たが手首は痩せ細っておらず、肩にかかった髪は艶もあって長さも量もある。
彼女は混乱した。痩せていない手首、姿が出会った時と変わらぬ侍女の姿。
何より、あれだけ息をするのも苦しく、体を起こすこともできなかったというのに今の彼女は健康そのものだった。
「……リリー、今日は何年の何日?」
心臓がドクドクと、大きくと鳴った。
そんなわけない、絶対にあり得ない現象だとアメリアは強く思った。
リリーは不思議そうにしながらも、日付を答えた。が、あまりにもあり得ない日付で心臓の音が体中に響くようだった。
(嘘でしょう?)
聞いた年月は十年も前の年月で、あまりにもあり得ない状況に彼女は混乱した。
それこそ、彼女が公爵家に嫁いだ数ヵ月後くらいの日付だ。
まさか、過去に戻ったというのか。そんな超異常現象の話など聞いたこともない。あまりにも信じられない状況にアメリアは気絶しそうだった。
「奥様、そろそろ起きて準備をしないと朝食の時間が……」
「……わかったわ」
ベッドから降り、リリーの手伝いを借りながら身支度をする。
いつものように体を拭き、着替え、化粧台の前に座る。
(……まさか、本当に過去へ戻ったというの?)
鏡に映し出された姿というのは、十年前に見た時の姿と同じだった。
健康的な肌色、病気による肌荒れや痩せこけた頬もなければ体格も十年前と変わらない。なにより、老けていないのが証拠になるだろう。
あまりにもあり得ない状況に頭が混乱し、頭痛も彼女を襲った。
(でも、間違いなく今の私は生きてる。こんなチャンス、あるなら使わないと)
さっきまであった不安は気づけばなくなっており、不思議と生きる気力も湧いてきている。
体も調子が良い。なんでもできるような気さえする。
「終わりました」
リリーの声でハッとした。どうやら身支度が終わったらしい。
アメリアはお礼を言いながら立ち上がり、食堂へと向かった。
(過去に戻ったとしても、気は重いままね)
少しため息を吐きながら、自分の旦那と食事をするために彼女は部屋を出た。食堂に向かえば、そこにはすでにウィリアムが座っていた。彼女の到着の方が遅かったらしい。