旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

10話 お茶会での戦い

 馬車に揺られること数十分。馬車はベネット家に到着し、アメリアは一度深呼吸をしてから馬車を降りた。

(ここがリーゼ様のお屋敷ね)

 伯爵という爵位なだけあって、屋敷はとても立派であった。アメリアが現在住んでいる公爵家の方が広いが、それでもこの屋敷の大きさを見ると経営もうまくいっているのがわかる。
 門番に招待状を見せ、名乗ればすぐに会場である庭の方へと案内された。
 そこにいた一人の女性がアメリアの存在に気づき、近寄ってきた。アメリアとは正反対に艶やかで派手なドレスだが髪の毛は綺麗に纏められ、アクセサリーも宝石がふんだんに使われているが、一目見ただけで良いところ育ちの貴族というのがわかる。

「ようこそいらっしゃいました。私、リーゼ・ベネットと申します」
「初めまして、ご招待を頂きましてありがとうございます。アメリア・ウォーカーと申します」

 互いにドレスの裾をつまみ、片足を引いて丁寧にお辞儀をする。
 アメリアの名前を聞いたリーゼは顔を顰めたが、それは一瞬のことだったため誰も気づかなかった。

「まぁ、アメリア様! 本日の主役ではありませんか。この度はご結婚、誠におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「私ったらてっきり……結婚をしていないのではと思ってましたわ」
「え……?」
「なんでもありませんわ。奥の方に席をご用意しておりますので、座ってお待ちください」

 にこりと笑ったリーゼに何かを追求する暇もなく、用意された席に座ることになってしまった。だが、アメリアはさっきの言葉に引っかかった。「結婚をしていないと思った」とはどういう意味なのだろうか。

「それでは全員揃いましたし、始めましょうか。まずは主催である私からお祝いの言葉を贈らせてください。アメリア様、この度はご結婚おめでとうございます。どうか、お幸せに」

 ぼんやりと考えているうちに招待客全員がそろったらしい。リーゼの言葉で招待客の視線がアメリアの方に向かれ、周りからも「おめでとうございます」という言葉と共に拍手が贈られた。アメリアは慌てて立ち上がり、ゆっくりとお辞儀をしながら感謝を伝えた。、

「……お祝いの言葉をありがとうございます。そして、このような場をご用意いただきとても嬉しく思います。もしよろしければ、こちらをお受け取りください。春摘みのファーストフラッシュのダージリンの茶葉です」

 リリーに合図を送り、招待客の一人一人に用意した茶葉を渡してもらった。主催であるリーゼには大きめの缶に入ったものを渡し、招待客の方には少し小さめの缶で渡せば周りは少しざわついた。
 何かしてしまったのか、何かを間違えてしまったのではないかとアメリアは不安になったが、聞こえてきた声は「これ、相当なものよ」や「確かここの紅茶ブランドってお値段が張るところでは?」という声だった。それを聞いたアメリアはますますこの紅茶の価格を考えたくはなかったが、レオンがこの高級な紅茶屋を選んだ理由はあった。それは、ウォーカー公爵家の経営が良い方向に向いていることと、アメリアに対して悪い印象を持たせないために選んだのだった。
 
(よかった……このことで何か言われることはなさそうね)

 安堵し、もう一度軽く礼をしてから椅子に座れば席の端の方から一人一人自己紹介をしていく流れになった。他の令嬢たちからのお土産も受け取り、自己紹介が終われば話は自然と始まる。

「ところでアメリア様、ウィリアム様との生活は如何でしょうか?」
「え?」
「私も気になります! 今まで女性との噂が一切なかったウィリアム様が結婚を発表した時、本当に驚きました」

 悪気もなく聞いてくる令嬢たちにアメリアは戸惑っていた。どのような生活、と聞かれても食事を共にするだけで新婚らしいことは何もない。かといって、素直にそれを答えてしまえばウォーカー夫婦は仲が悪いと噂されてしまうかもしれない。
 前世ではマナーも何も知らないアメリアに対して嘲笑い、ウィリアムが可哀想と言われるようになってしまった。彼からすれば「可哀想」と思われるのは屈辱だっただろう、アメリアもそれは察していた。だからこそ、今世こそ普通の夫婦として扱われたい。だが、どう答えるのが正解なのかを悩んでいた。

「えっと……忙しい方なのでプライベートの時間はあまりありませんが、食事は毎回共にします」
「まあ! 忙しいウィリアム様が毎回共にするだなんて……アメリア様、愛されてますね」
「私も結婚をしたら、旦那様と毎回食事を共にしたいものです」

 話を聞いた令嬢たちは楽しそうにしながらあれこれと憶測を立てて盛り上がっており、最初の印象と言葉を少し足すだけでこんなにも結果が変わるなんて、とアメリアは思った。これなら変な噂が立つことはないだろうと安心したが、それを崩すかの様にリーゼが口を開いた。

「あら。私はてっきり、ウィリアム様と不仲だと思ってましたわ」

 辺りがシン……と鎮まり、皆の視線がリーゼの方へと向かれた。注目を浴びているのにも関わらず、作られた笑顔で話を続けた。

「公爵家にも関わらず、結婚式も開かないともなれば結婚自体が嘘ではないかと心配してましたのよ」
「リーゼ様……それは一体、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味ですわ」

 作られた笑顔を崩さずにリーゼは続けるが、アメリアの方には戸惑いの色が顔に出ていた。
 この時代、貴族であれば結婚をする際に式を開くのは当然であったが、アメリアたちは開かなかった。ウィリアムは開いた方が良いとも考えていたが、政略結婚であることは誰もが知っていたためわざわざ開く必要がないと判断をした。アメリアの方は嫁ぐ身であることから「式を開きたい」と言うこともなく、婚姻届の提出のみで終わってしまった。
 まさか、今になってその話を出してくるとはアメリアも思わなかったのだ。
 ここで黙っていればリーゼのペースに飲まれてしまう。そして、このまま黙っていれば前世と変わらない将来になってしまう。

「……その発言は、ウォーカー家への侮辱と捉えても宜しいのでしょうか?」
「え……」
「公爵家に対し、嘘の婚姻関係を結んでいると発言するのはあまりにも侮辱的です。あまり言いたくはありませんが、ベネット家とも契約を結んでいることをお忘れなきよう」

 先ほどまで堂々と、作られた笑顔で発言していたリーゼの表情が徐々に青ざめていった。発言を取り消そうにも周りにいた令嬢も話を聞いていたため、どうにもできない。
 周りが固唾を飲んで見守る中、リーゼは続けての発言ができずアメリアは見えないところで足が震えていた。

「……少し早いですが、私はこれにて失礼いたします。本日はありがとうございました」

 アメリアは震えながらも優雅にお辞儀をし、リリーと共に庭を出た。
 門をくぐり、御者を呼びにいったリリーのことを待つ。待っている間も足の震えが止まらず、アメリアは自分があんな風に反抗できたことに心底驚いていた。

(信じられない。私、言えたわ……!)

 脅しのような言い方をしてしまったが、爵位も今ではアメリアの方が上だ。表舞台に立ったことがないアメリアに対して[気弱そう]という印象を持っていたのだろう。アメリアがこのように反抗してくることも予想外だったに違いない。

(少しは、公爵夫人らしかったかしら)

 以前の、ドレスをお願いしようとした店での出来事を思い出せば間違いなく成長している。
 今世は少しでも公爵夫人らしくありながら、好きに生きていきたいというアメリアの願いが、少しずつ行動にも現れるようになった瞬間だった。

  ・

  ・

  ・

「……許さない。ウィリアム様のお相手になっただけではなく、よくもこの私に恥をかかせたわね……!」

 アメリアが去った場でリーゼがそんなことを言っていたが、周りには聞こえていなかった。
 お茶会は、アメリアの態度に対して称賛の声で溢れていた。
< 20 / 37 >

この作品をシェア

pagetop