旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

 彼女の様子がおかしい。
 ウィリアムは自分の執務室に戻ったあと、そんなことを考えていた。

(今までの彼女とは、明らかに違う)

 前回、自分から欲しいものを発言した時に感じた違和感は確信に変わっていた。彼女がウォーカー家に嫁いだ後、二人はほとんど会話という会話をしたことがなかった。ウィリアムから見たアメリアは活動的に見えず、部屋に閉じこもってばかりのイメージであった。それが最近では、外出をしているらしい。今日も外出前に偶然出会ったり、この前は買い物にも行ったようだがそれ以外にも出かけたりしているらしい。
 以前、本棚を買うと言ってドレスも買ってきた時があった。買ってきたことに対して文句があるわけではなく、新しいドレスを買ったにも関わらず、今日は古いドレスを着ていた。それがどうも違和感だった。

(一体何をするために出かけたんだ……?)

 ウィリアムは彼女がどんな理由で出かけたのか、知る必要はなくても気になる様子だった。
 彼女に対する気持ちに変化があるわけではないが、公爵家の婦人として行動には気をつけてもらわなければならないというのがウィリアムの考えだった。
 だが、今日の出かける前の彼女の態度には驚いた。彼女が新しいドレスを買ったにも関わらず、古いドレスで出かけようとしていたから引き止めて聞いたというのに、彼女は「……旦那様には、関係のないことです」と言った。これについてはアメリアも酷い言い方をしてしまったと後悔しているが、ウィリアムの方も「しまった」と思っていたことだった。
 干渉してこない人を望んだというのに、自分の方が相手を気にしてしまえば婚姻前の約束の意味がなくなってしまう。だが、それでもアメリアの返答には驚いた。彼女がはっきりと、強い意志でウィリアムに否定の言葉を発したのだ。今までの彼女の言動を思い返せば明らかな変化だ。

「……聞いたところで、答えてはくれないか」
「旦那様、どうかなさいましたか?」

 考えていた内容が、気づけば口から漏れていたらしい。小さな声とため息であったものの、執事であるレオンはそれに反応をした。
 ウィリアムがため息を吐き、悩んでいるというのは珍しいことだった。使用人たちから見ても、ウィリアムという人間は淡々と仕事をこなし、悩んだとしても一人で解決をして成功に繋げる人だ。そんな彼が、気付かぬうちに独り言をこぼすなんてとても珍しいことである。
 
「いや……彼女の様子が気になったんだ」
「彼女、というのは奥様のことでしょうか」
「ああ。最近の彼女は、はっきりと発言をするようになり、出かける回数も増えた。別に外出をすることに反対をするわけではないが、急に変わった態度に対して疑問がある」
「なるほど……」

 レオンはこの時、心底驚いた。
 彼がこのように悩むこともだが、その悩みの内容が彼の妻であるアメリアについてという点に驚いていたのだ。
 レオンは思わず小さく笑ってしまい、ウィリアムは「なんだ」と怪訝そうな顔で言った。

「いえ、旦那様がそのように悩むのは珍しいことだと思いまして。確かに、僕から見ても奥様の様子にはだいぶ変化があるように思います。先日も奥様から仕事をお願いされた時には驚きました」
「ああ、ベネット伯爵令嬢のお茶会のやつか」

 そういえば、お茶会はどうだったのかを聞いていない。ベネット伯爵との仕事関係もあることを思い出し、その令嬢と妻が仲良くするのであれば問題はないが……これで問題があれば、謝罪あるいは契約の内容も考えなければならないだろう。
 もし、彼女が何かしらの失態をしたのであれば自分から言うことはないだろう。さりげなく聞いてみれば良いだろうか。
 ウィリアムは考えを巡らせるが、この質問は干渉になるのではないかと考えた。いくら自分の仕事相手の令嬢とはいえ、女性同士の交友関係に深く首を突っ込むような真似はやめた方がいいのかどうか……。

「お茶会はどうだったか、今更聞いてみても良いのだろうか」
「良いと思いますよ。奥様は嫌がるような方ではないと思います」
「そうか……」

 レオンは表情には出さずとも、内心は驚きと微笑ましい気持ちだった。
 ウィリアムが自分の妻に対して“気になる”という感情を出してきたということは、二人の関係にも進展があるかもしれないと思ったのだ。
 せっかく夫婦になったのなら、使用人たちから見ても夫婦仲は良いほうがいい。その気配が少しずつ出てきているのだから、事はいい方向に進んでいるだろう。
 レオンは自分の主人も、その妻の様子も変わりつつあることに喜ばしいとおもいながら仕事を続けた。
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