旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

14話 まともな会話

 

 アメリアは夕食のために支度をした後、部屋を出て食堂へと向かっていた。
 彼女の様子は見た目平静を装っているが、纏う雰囲気が柔らかくてどこか楽しそうにしていた。いいことがあったのだろうと、誰が見ても思うような様子だった。
 いつものような重い気持ちではなく、軽い気持ちで食堂に入ればそこにはすでにウィリアムの姿があった。さっきまで高かったテンションも少しだけ下がってしまい、ゆっくりと席に座った。
 食事が運ばれ、いつものように食べる。
 今日のメニューはアメリアの好物が多く、本の出版が決まったこともあり、落ちてきたテンションも少しづつ戻ってきた。
 その様子を見ていたウィリアムは、少しだけ不思議そうにしていた。彼女の機嫌がいつもに比べてよく見えることに対して疑問を抱いていた。
 アメリアは彼女の専属侍女であるリリー以外に本が出版されることを伝えていないのだから、アメリアの機嫌がいい理由など知れるわけがない。だが、いつもはつまらなさそうに食事をしているので今までのことを考えれば、今のアメリアの姿はウィリアムにとっても安心ができるものだった。
 
「……ところで、先日のお茶会はどうだった」
「え?」

 アメリアは驚いた。
 彼から会話を始めようとしたことにも驚いたが、彼が言っているお茶会というのは数週間も前のことだ。なぜ、今になってその話を聞こうとするのかが不思議だった。

(まさか、今になって何かあったのかしら……?)

 アメリアは先ほどまで上がりつつあった気持ちが急激に覚めていったのを感じた。そのお茶会で起こった口論を思い出せば、いくら自分の爵位が上の方とはいえ、言い返したのは事実だ。さらには、リーゼに対して脅しの言葉まで使ってしまった。そのことに対して責められるのではないかと不安になった。

「も、申し訳ありません、旦那様。私、何か不手際なことを?」
「いや、そういうわけではない。どうだったのか気になっただけだ」
「あ、そうだったんですね……」

 アメリアは心底ホッとした。
 自分の言ったことに対して後悔はないものの、彼の仕事に影響があったとなれば話は別だ。嫁いでいる分際で仕事の邪魔までしてしまえば、自分の存在などすぐに何処かへといってしまう。
 自分の言ったことを思い返しては見るが、仮にリーゼが自分の父親に告げ口をしたところで彼女が怒られるだけだろう。脅しをした、という意味では悪いことをしてしまったが社交界ではあのような強さも身に付けなければならないことは前世でもわかっていたことだった。
 前世のアメリアは弱く、社交界では噂の対象になることも多々あった。だが今世では、今のところ嫌な噂というのは結婚したことによる噂のみ。お茶会での発言が効果を出しているのか、お茶会にぜひ来てほしいなどといった手紙がたまに来るようになっていた。

「お茶会では、皆様にとても良くしていただきました。レオンが選んでくれたお土産も好評で、多くの方が喜んでいました」
「そうか、ならよかった。また何かあったら言ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」

 会話が終了してしまった。
 ウィリアムはお茶会の様子を聞けたことに満足を覚えていたが、アメリアは「何が聞きたかったのだろう」と思うばかりだった。彼が会話することをあまり好んでいないと考えているため、アメリアもこれ以上は話を続けようとしなかった。
 だが、ウィリアムにとってはこれでも大きな進歩だった。自分から話しかけようとしたことすらなかったというのに、今回は食事の場で会話をしようと試みた。長年、ウィリアムに仕えているレオンですら彼のこのような変化を見たことがなかった。十分と言えるほどの変化だ。

 食事を終え、席を立ったアメリアに対してウィリアムは「おやすみ」と声をかけた。そのことに目を見開きながら驚いたアメリアは戸惑いながらも「お、おやすみなさい……」と答え、急いで食堂を出た。

(一体、どうしたのかしら……)

 この前もそうだ。今までの彼のことを思い出せばアメリアが古いドレスを着ようがどこへ行こうが一切の興味を示さなかったというのに、前回は古いドレスで出掛けようとしたら声をかけられた。加えて、今日の夕食の時は自ら先日のお茶会のことを聞いてきた。なんだかその様子がウィリアムにとってあり得ないことだからなのか、どうしても戸惑いが隠せない。
 ただの気まぐれなのかもしれないが、前世とは明らかに違う彼の様子を怪しいとも思ってしまう。自分のやりたいことをやるために生きると決めたが、それを止められてしまったらこのやり直した人生に意味は無くなってしまう。こうなれば、一人で生きていけるほどの貯金ができるまでは意地でも隠し通す必要があるだろう。
 自分が書いた本に人気が出て、販売数が多くなれば収入も期待ができるだろう。そうすれば、すぐにでもここを出ていける。だが、逆に全く売れなければ追い出された時に困ることになる。

(……楽しみという気持ちもあるけど、やはり怖いわね)

 自分の本が出版されるという喜びは、今でも落ち着かない。人目を気にしなくて良いのなら表情は崩れ、足取りは軽く、鼻歌でも歌いながら廊下を歩いていたに違いない。
 だが、もし失敗に終わってしまった場合。出版において力を貸してくれるソフィアさんにも申し訳ない気持ちが出てくるに違いない。もちろん、失敗に終わらないことを願うが必ず成功する保証もどこにもない。

(どうか、期待を裏切るようなことになりませんように)

 そんな願いを胸にしながら部屋に戻り、寝るための準備を始める。
 入浴し、肌の保湿や髪の毛を丁寧に整えればいつでも寝れる状態になる。だが、アメリアにとっての夜はここから始まる。
 最近は寝る前に物語を書かない時は小説を読むのが当たり前となっていた。加え、少しだけではあるが勉強も進めている。旦那であるウィリアムの助けになるかもしれないと思って始めた勉強ではあったが、物語を書く際に知識が邪魔になることは一切ない。物語にリアルを求めるのであれば学んでおいて損はなく、アメリアにとっては難しい勉学の内容ではあるが新しい本を読むのと同じ時のような気持ちで勉強を進めていた。
 実際、ソフィアがアメリアの作品を気に入った理由の一つに“リアリティ”があったのも大きなポイントだった。

「奥様! これからのこともありますし、そろそろ寝てください」
「……そうね。でも、あともう少しだけ……」
「そう言って徹夜したこともありますよね⁈ だめです、奥様の健康を守ることも私の役目なんですから!」

 リリーはアメリアが手にしている本を取り上げようとするが、アメリアは「あともう少しだけだから!」と言って本を抱えた。

「……じゃあ、あと二十分だけですからね! そしたら寝てくださいよ」
「わかったわ、ありがとう」

 そう言って本を開き直し、ご機嫌になりながら物語を読み進めた。
 書くことも楽しいが、こうやって自分が書かない物語読み進めるのはとても楽しい。新しい展開や面白いと思った内容を読めば創作意欲が湧いてくる。
 立ち上がり、さっそく刺激された意欲を発散させようと机に向かおうとすれば後ろの方からとてつもない怒りのオーラを感じる。
 そおっと振り向けば笑顔ではあるが、隠しきれない怒りを背後に抱えているリリーがあっていた。

「奥様。私の言いたいことはわかりますよね? 起きてからにしてください!」
「……はい」

 大人しく本を閉じ、机に向かおうとしていた足を止めてベッドへと向かえばリリーは満足したように「では、おやすみなさい」と言って部屋を暗くしてから出ていった。
 アメリアは物足りないと感じながらも寝る体制に入る。
 こうやって気軽に言い合いができるような関係になれたのは良かったと思った。過去を思い返せば、現在は何もかもが順調すぎてどこか不安を覚えてしまう。どこか大丈夫、と思っていても何が起こるかわからないのが人生だ。

(旦那様のこともよくわからないままだし……どうなるのかしら)
 
 今後への期待と同時に不安を抱えながら、アメリアは夢の世界へと落ちていった。
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