旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

15話 彼の行動



「おはよう」
「お、おはようございます……?」

 朝、アメリアは目が覚めたあと。
 朝食を食べるために身支度をしていた。いつものように顔を洗い、乱れた髪の毛を整え、ドレスに着替える。いつもと何も変わらない朝のはずだったのに、それは部屋を出た瞬間に変わった。
 なんと、ウィリアムが部屋の外で待機をしていたのだ。
 慌ててリリーの方に顔を向けたが、リリーも困惑の表情を浮かべて首を横に振っていた。どうやら彼女も何も知らされておらず、二人して困惑してしまった。
 相変わらずの無表情で「おはよう」と行ってきたウィリアムだが、一体どうしたのだろうか。
 彼がアメリアの部屋の前まで来たことなど、前世でも一度もない。それなのになぜ、彼はここにいるのだろうか。

「迎えに来た」
「迎えに……?」
「ああ」

 迎えに来たと言っているが、どこかに行く気なのだろうか。
 変わらない表情から彼の心情など読み取ることができるわけない。
 困惑の表情を浮かべているアメリアを数秒見つめたあと、ウィリアムはさっさと歩き出してしまった。どうやらエスコートをする気はないらしい。
 アメリアとウィリアムでは身長差もあるため、彼の歩幅についていくのがやっとだった。早歩きで必死について行こうとするアメリアを見てようやく気付いたのか、ウィリアムはゆっくりと歩くように努めた。
 一体、彼に何があったというのか。
 どうしても彼らしからぬ行動に混乱がおさまることはない。
 それはリリーも同じで、後ろから着いて来ている彼女もいまだに不思議そうな顔をしていた。
 
 一方、ウィリアムも顔にこそ出ないものの、戸惑ってはいた。昨日の夜、夕食を共にした後にレオンと話をした。ウィリアムにとってはアメリアとの会話は十分なものだったが、その一部始終を見ていたレオンに「足りません」と言われてしまったのだ。

『なら、どうしろと言うんだ。彼女だって話すことはないだろう』
『世間話などもあるでしょう。試しに、明日の朝は奥様を迎えに行ってはいかがですか? 少しの距離ではありますが、食堂まで共に行くことを習慣にしていけば話すことも増えていくかもしれませんよ』
『そういうものか?』
『ええ。おそらくは』

 恐ろしいくらいにレオンの言葉を素直に聞き入れ、言われた通りに彼女のことを迎えに行き、食堂までの短い距離を共にしようとしたのだった。
 ウィリアムは、自分の心の奥にある不思議な感情が気になっていた。夕食に好きなものが出れば顔を少し綻ばせ、美味しそうに食べる。彼女の専属侍女であるリリーと会話している時も楽しそうにしていると聞いているのに、自分が話しかければ不安そうにしたり、こわばったりする。
 最近、彼女の様子が変わったとは思うが自分に対しての態度が嬉しいものに変わったとは言えない。頼み事をされるだけで、彼女の楽しそうな表情というのは見たことがなかった。なぜだかそれが気に食わない。
 だが、何を話せば良いのかはわからないままだった。
 アメリアの方も何を話したら良いのか、そもそも話しかけても良いのかを考えていた。
 気まずい空気のまま歩き続けていればあっという間に食堂に到着してしまい、ウィリアムは無言でドアを開けたかと思えば先に入るようにとアメリアを促した。
 一言お礼を伝え、中に入る。すでに待機をしていたレオンが視界に入ると、彼はにこやかに笑っていた。まるで、微笑ましいものを見たと言わんばかりの表情だった。

(そういうものではないのに……)

 ため息をこぼしたくなるのをグッと堪え、アメリアは席に着いた。
 いつも通りに、運ばれた朝ごはんを食べ始めるが、その間もウィリアムからの言葉はない。彼が何をしたいのか分からず、気づけばお皿の上は空っぽだった。
 それはウィリアムも同じで、どちらからともなく席を立ち、各々行動に移った。ウィリアムは商談に出かける準備を始め、アメリアは部屋に戻って執筆でも続けようかと考えていた。
 食堂のドアに手をかけ、先に出ようとしたアメリアに声をかけて止めたのはウィリアムの方だった。

「今日の夜は帰りが遅い。君は先に食べていてくれ」
「わかりました」
「……それと、また明日の朝も迎えにいく」
「え?」
「では、また」

 返事もしていないというのに、ウィリアムは決定事項だとでも言うようにアメリアの横を通り過ぎて食堂を出ていってしまった。

(一体、どういうことなの……?)

 とりあえず部屋の戻ろうと、リリーと共に食堂を後にする。
 すると、歩きながらではあるが口を開いたのはリリーの方だった。

「私が言うのもおかしい話だとは思いますが、旦那様は一体どうしたのでしょうか……?」
「……私にも、わからないわ」

 彼の行動があまりにもおかしい。
 前世でもアメリアにあまり関わらないようにしていた彼が、あのような行動に出ることが不思議で仕方ない。何が目的なのかも分からなければ、そこにどんな意図があるのかも分からない。逆らうことはしないが、あまり干渉をしないでほしいと言っていた彼が干渉してくる真似をすることに疑問が浮かぶ。

(何がしたいのかしら)

 感情を表に出さない彼から読み取れることなど一つもない。
 疑問を残しつつ、部屋に戻ったアメリアは机に向かい、リリーは紅茶を淹れる用意をし始めた。
 ペンを手に取り、ペン先をインクに浸すが書く気にはなれなかった。
 頭の中にあるのはウィリアムのことで、とてもじゃないが今は物語を書けるほどの集中力がなかった。
 男性同士の物語を書いているとはいえ、男性の心理などわかるわけがない。ウィリアムのこととなれば尚更だ。彼のことを何も知らないというのに、どうやってあの行動を理解しろというのか。
 彼は一体、何がしたいのだろうか。
 前世でもあのような行動をしなかったウィリアムが、今世では変わってしまった。これは私の行動のせいもあるだろうが、私の動きのどこに影響があったのか分からない。強いて言えば後悔のない人生にしたいからとせっせと行動を起こしただけで、その要因にウィリアムはいない。もちろん、夫婦として彼に何かできることはあるのかと考えた時期はあったが、今はそんなものもない。
 彼が行動を起こせば、自分の行動範囲も狭まってしまうのではないかと、そんな考えが頭をよぎった。彼は、明日も迎えに来ると言った。部屋の中に入るような真似はしないと思うが、もし彼が私の執筆活動に気づいたらどうなってしまうのだろうか。しかも、書いている内容は同性愛を匂わせるような作品だ。彼にバレないように今もひっそりと書いているというのに、もしも万が一仲が良くなってしまえば、バレる可能性も高くなる。
 そこまで考えたが、アメリアは「そんなわけないか」と考え直した。
 あの、ウィリアムだ。
 今は気が迷っているだけで、しばらくすれば飽きて迎えに来ることはなくなるだろう。となれば、仲良くなることもありえない話だ。

(そうよ、彼にそんなことを期待したらダメだわ)

 アメリアは気づいていないが、期待という言葉が浮かんでいる時点で彼女もウィリアムのことが気になっているのだ。
 そんなことに気を取られたって意味がない、と思ってアメリアは執筆を開始した。すでにウィリアムのことなど頭から抜け、頭の中にあるのは物語の展開と、今後の活動について。
 明日の昼過ぎにはソフィアさんの元に訪れる予定がある。打ち合わせをする予定があり、原稿の修正や細かい設定を決めることになっている。自分の作品が本という形になっていくのが実感できそうで、今から気持ちが高まってしまう。
 早く、明日になるといい。
 明日の朝、ウィリアムがまた迎えに来るというのにアメリアはそれよりも作品を創っていくことに夢中で、頭の中にウィリアムの存在というのは小さくなっていた。
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