旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!


「おはようございます。旦那様」
「……」

 今日も返事はない。
 いつもこうだった。彼女が声をかけてもこれと言った反応はしない。
 家に関わることについて質問をした時や、お金を使ってもいいかどうかを聞いた時くらいしか反応をしてくれない。

 アメリアたちは政略結婚だった。
 彼女、アメリア・ウォーカーの結婚前はブラウン伯爵家の一人娘だった。
 ブラウン家は代々、商店の経営やお店での商売で生計を立てていた。だがある日、ブラウン家を攻めるかのようにブラウン家が商売に使用していた香油や衣服などを多く取り扱う店が店舗を構え始めた。輸入商品も扱っていることからブラウン家の経済は危うくなる一方であった。
 そんな時に、結婚話が舞い込んできた。
 事業の経営を得意とする公爵・ウィリアム・ウォーカーが婚約相手を探しているという噂が社交界で出回った。その噂を聞いた両親は「こんな偶然は二度とない!」と言い、アメリアの許可なく婚約を申し込んだ。
 アメリアは事後報告に腹を立てたものの、ウィリアムの噂は他にもあった。容姿端麗で経営のことを任せれば横に出られるものはいないと言われているほどの優秀さだが、女性には冷たくて有名だった。
 ある令嬢が言い寄れば無視を貫き、またある令嬢が声を掛ければ「二度と話しかけるな」の一言。そんな公爵が伯爵令嬢の私と結婚をするわけがないと、もっと貴族らしい教育を受けて経営に関する知恵を持つ仕事仲間のような女性を選ぶと、アメリアは思っていたのだ。

『公爵様が婚約を受け入れた』
『……え?』
『一週間後には公爵様のもとに行け。干渉してこないのが条件だそうだ、くれぐれも面倒を起こすなよ』
『そんな、急に言われても……!』
『文句を言うな! お前をここまで育ててきてやっただろ、公爵様はお前を嫁がせたら支援もしてくれると言った。今までの恩を返せ!』

 思わずそこで立ち崩れそうだったが、ここで何かを言っても聞いてくれる人ではない。
 伯爵令嬢だから少しの教育は受けたものの、彼女の両親からの扱いはひどいものだった。両親は男の子を望んでいたが、生まれてきたのは女であるアメリア。
 女では伯爵家の跡継ぎにもなれないことから、生まれてきた時からずっと散々な扱いを受けてきた。
 女のくせに、邪魔、男ならよかった、うざい、生まれてこない方がマシ、出来損ない、人生の失敗、お金だけがかかる、などなど……言われてきた言葉は彼女の心に残っているが、すでに麻痺をしていて、もうどうでもよかった。
 ひどい言葉を浴びながら生き続けるよりかは公爵家に嫁いだ方が良い生活かもしれない。そうやって自分に思い込ませながら、彼女は返事をしたのだった。

『……わかりました』
『最初からそう言え!』

 フン、とわざとらしく鼻を鳴らしながら彼女の父親は仕事へと戻った。
 彼女の両親は家を出発をする時も、見送りに来ることはなくアメリアは少ない私物を持って馬車に乗り、ブラウン家を出たのだった。
 馬車に揺られること数時間、彼女はウォーカー公爵家に到着した。


『初めまして。ブラウン家のアメリアと申します。よろしくお願いします』
『……あぁ』

 初めての会話は、これで終了だった。
 噂通りすぎてアメリアは言葉が出なかったが、そういう条件のもとだから仕方ないと割り切った。
 彼は全く私に興味がないと、言われてもいないのにアメリアはそう思った。




 そんな出会いだったことを思い出す。
 この時代には珍しいことに、結婚式などは行わずに婚姻届の提出のみで私はウィリアム・ウォーカーの妻となった。
 今は彼の妻になって数ヶ月が経った頃だろう。記憶が正しければ、あの日以外で彼と会話をしたのは家のことを聞いた時くらいだったと思われる。

「旦那様、お願いがあります」
「……どうした」

 どうやら話は聞いてくれるらしい。
 ウィリアムは朝食を食べる手を止めるわけではないが、完全な無視はしなかった。

「私にも毎日、新聞を届けてもらいたいのですが可能でしょうか?」

 それを聞いた瞬間、彼は一瞬止まってアメリアの方を見た。
 それもそのはずだった。この時代の女性たちは新聞なんて読まない。中身のほとんどが経営や経済といった内容で、女性が関わる必要のない内容ばかり。むしろ、そういったことに興味を示す女性は異端だ。
 だから、彼が許可を出してくれるかどうかはアメリアにもわからなかった。

「……好きにするといい」
「え、あ、ありがとうございます」

 アメリアは予想外な返答に戸惑ってしまったが、彼が許可を出してくれたことに感謝をした。
 彼女のこれからの人生には、情報も学びも必要だ。何があるかわからないからこそ、備えをしておきたい。そして、叶えたい夢のためにも情報というのは必要なことなのだ。
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