旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!

 数日経っても、ウィリアムからのお迎えは続いていた。
 特にこれといった会話をすることもなく、朝の挨拶をすればそこで会話は終了する。共に歩いているときは会話をしなければいけない、という焦りはないものの、目的がわからないからこそ気まずい空気が流れる。そのせいもあって、ウィリアムも迎えに行くことはしてもいまだに何を話せば良いのかわからないままだった。

「……おはよう」
「おはようございます」
「行くか」

 アメリアが「はい」と返事をする前にウィリアムはさっさと歩き始めてしまった。
 いつも通り、なんの会話もなく歩き進める。ため息を吐きたいのをグッと堪えるが、これからのお迎えは要りません、と言うこともできない。
 かといって、自分から話しかけるのもウィリアムは嫌がるかもしれない。自分の話になんてきっと、興味などないから……。

「そういえば、」
「は、はい⁈」
「……そんなに驚くことか?」

 今まで話しかけたことなかったのに、急に話しかけられれば驚くのも無理ないだろう。
 失礼な反応をしてしまった自覚はあるが、これに関しては旦那様も悪い。

「す、すみません」
「……まあいい。最近、何か困っていることはあるか?」
「え……」

 まさか心配されているとは思わず、アメリアは目を見開いた。
 ウィリアムは会話をするにあたり、ずっと悩んでいた。女性が好む会話の内容などわからない上に、しつこく干渉をしてしまえば結婚をする際に決めた約束と話が変わってきてしまう。
 とはいえ、ウィリアムも少しばかり心境の変化があった。
 毎日迎えに行っているのも関わらず、会話といえば挨拶のみ。アメリアから話しかける様子もなかったが、静かに黙っているアメリアを見て、少しばかり同情に近い気持ちを抱いていた。彼女は嫁いだ身で、友人と呼べる友人はいない。話す相手といえば専属侍女であるリリーだけで、寂しい思いをしているのではないかと心配になったのだ。
 こんな気持ちを抱くようになったのも、アメリアとこういった時間を過ごすようになったからだった。

「特には、ありません」
「……そうか。また何かあれば、気軽に言ってほしい」
「ありがとうございます」

 強いて言えば、旦那様とのこの時間をどう過ごしたら良いのか困っている。だなんて、口が裂けても言えない。
 それでも、アメリアの胸の奥にはほんの少しだけ温かい気持ちが溢れてきていた。
 前世ではなかった彼の行動に、期待なんてしてはいけないと思うのに、どうしても期待をしてしまう。前世よりかは夫婦仲が良くなるのではないか、と考えてしまう。

(……意外と、感情も素直なものね)

 ほんの少しだけ、嬉しいと思った。
 
 それからも、朝のお迎えはしばらく続いた。
 ウィリアムが声をかけてきた日をきっかけに、彼は一つずつ質問をするようになった。どんな食べ物が好きか、好きな季節はいつなのか、趣味である読書では何を読むのか……。彼も自分の好きなものを話すようになり、会話という会話がなり立つようになってきた。他の使用人たちも「あの二人、最近いい感じよね」「雰囲気が変わった」と話し始めた。アメリアも、朝のお迎えが楽しみになっていった頃。
 その頃にはアメリアの修正原稿も確認が終わり、打ち合わせも終わって次の作業に取り掛かる程度まで進んだ。
 夫婦仲も少しずつだけど、仲良くなれたのではないかと思い始めた時。
 ウィリアムは、朝に迎えに来ることをしなくなった。
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