旦那様に腐女子小説家だとバレてはいけない!


※ウィリアム視点


「……本を?」
「はい、奥様からの申し出です。小説が欲しいとのことです」
(……女が、小説を?)

 女が小説を読むことは少ない。
 女が娯楽に選ぶものといえばピアノや刺繍、お茶を嗜むことが多い。読書を好む女性は圧倒的に少ない。
 
 厳格な父からのしつこい言葉で女と結婚をしたが、いまいちわからない。
 結婚相手を探し始めた途端、多くの貴族がぜひにと自分たちの娘をこぞって紹介してきた。娘を連れて挨拶に来た者もいたが、それは最悪だった。
 私を見た瞬間声を上手く発せなくなる者、急に近寄ってくる者もいれば夜のことを匂わせながら言い寄ってくるはしたない女もいた。
 もういい加減うんざりし始めた頃にブラウン伯爵が夫人を連れて自分の娘はどうかと聞いてきた。伯爵とは何度か仕事を共にしたことがある。確か悪くない仕事ぶりにも関わらず、最近の業績は落ちているのだとか。
 話を聞けば娘に対してあまり愛情を持っていないのか、アピールにそこまでの熱意はない。娘の方も恋愛をしたいだとかは思っていないそうで、私の評判を聞いてもそこまでの興味を示さないらしい。もしこれが本当であれば、伯爵に恩を売ることもできるだろう。
 長い目で見れば良い契約になる。娘にそこまでの思いを抱いてないのであればそれを理由に会いに来ることもないだろう。

 色々と考えた結果、他のどの令嬢に比べてもブラウン伯爵の娘が一番良いという結論に至った。
 政略結婚なら、相手も私に大きな興味を示さないだろう。

『初めまして。ブラウン家のアメリアと申します。よろしくお願いします』
『……あぁ』

 初めて彼女に会った時の印象は“普通の貴族の娘”だった。可もなく不可もなく、貴族らしく丁寧な挨拶と綺麗なドレスを身にまとい、苦労を知らない手が見えた。だが、伯爵という爵位をもつ家の娘にしては少し見窄らしいとも思った。やはり、彼女はあまり家族に愛されてこなかったのだろう。
 この家ではそこまでの不自由をしてほしくないとは思う。かと言って話したいことも私にはない。専属の侍女もつけたが、話を聞く限り順調らしい。

「何冊か小説を注文しておこう。また何かあれば伝えて欲しいことも言ってくれ」
「かしこまりました」

 リリーは一礼をしてから、ウィリアムの執務室を去った。

(……まあ、彼女はそこまで関係ない)

 ウィリアムは考えを消し、自分の仕事に集中した。

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 旦那様に小説本が欲しいとお願いをした数日後。
 無事にお願いを聞いてくれた旦那様が本を注文してくれたらしく、朝食を食べたあとに注文していたものが届いたと侍女が知らせてくれた。
 楽しみにしながら外へと出れば馬車が一台停まっており、御者が降りてくるところだった。

「ウォーカー公爵夫人でお間違いないでしょうか?」
「はい」
「ご注文を頂きました、小説本になります」
「……まさかですけど、こちら全てですか?」
「ええ、間違いなく注文通りです」

 馬車を引いてきた御者はにこりと微笑みながら受け取りのサインを求めてきた。その明細書を見れば約百冊分の題名がズラリと並んでいて、思わず眩暈がした。
 本を注文して欲しい、とお願いは確かにしたけれど……。

(こんなに届くとは思わないわよ!)

 叫び出したいのを我慢し、受け取りのサインをする。それを確認した御者がにこやかに「ありがとうございました〜!」と言い、馬車からサッサと荷物を下ろしては馬車に乗って去っていった。
 さすがにこれを自分の部屋に一人で運ぶことはできない。執事を呼び、力のある者たちに自室へと運んでもらうことにした。

「……旦那様にも、お礼を伝えないとよね」

 数冊だと思っていた本が、まさか百冊ほど届くなんて思わなかった。ありがたい気持ちもあるけど、申し訳ない気持ちの方が圧倒的に強い。

(それにしても……)

 運ばれ始めている本を見ると、にやけが止まらない。これ全部が私の本だと考えるだけでわくわくする。
 ぼんやりと運ばれているところを見ていればあっという間に部屋へ運び終えたらしく、慌てて返事をしてから執事たちにお礼を伝えた。

「さて、何から読もうかしら」

 箱に入った本たちを取り出し、タイトルを見ていく。恋愛、ミステリー、冒険、歴史……本当にさまざまなジャンルがあってワクワクする。
 こういうところを見ると、旦那様もセンスがいい。満遍なくほしいと伝えたのは私だけれど、タイトルだけを見ても面白そうなものがたくさんある。
 とりあえず恋愛小説を読もうと思い、手にとって椅子へと座る。本を開く瞬間のわくわくというのは何にも代え難い。
 ぱらぱらとページをめくり、読み込んでいく。久しぶりの感覚にページを捲る手が止まらない。
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