君は君のままでいい
やるせない。君と3
職場体験、二日目。
気づいたことがある。頭でっかちでよく考えてからしか動けない私は、保育中に機転が利かない。
昨日、給食のとき皿を落として割ってしまった子どもがいた。
私はすぐ理依奈先生にどうすれば良いか聞きに行ったが、月は割れた皿に子どもが近づいて怪我しないように、割れた皿のところで動かず子どもが近づかないよう誘導をした。
私のように割れた皿の場所を離れていたら、子どもが破片を踏んで怪我をするかもしれないし、それではもう対応が遅いのだ。
子どもとの遊びだってそうだ。
子どもは無邪気に話しかけてくる、私は急に話しかけられてなにもできないのに、月は変な顔をして笑わせたり、二の腕にぶら下がる子どもを持ち上げてパワフルに遊んでいる。
今もつまらない私のところになど子どもは寄ってこないが、月は大人気で、彼の二の腕にぶら下がりたいと子どもたちが列になって並んでいる。
「はーい。じゃあ、これから運動公園にお散歩行くから、帽子を被ったら靴を履いて並んでね」という、理依奈先生の声かけで、子どもたちが園庭に出て、理依奈先生のうしろに手を繋ぐ友だちを決めてから並んでいく。
子どもたちがみんな並んだと思ったとき、園庭の隅でぽつんとひとりぼっち、ピンクのリボンを頭につけた女の子がうずくまっていた。
あれはたしか、昨日、健太君とケンカしていた柚木ちゃんだ。
すぐに月が気づいて声をかける。
「どうしたん?大丈夫か?」
柚木ちゃんはふりふりと首を振る。
顔色も悪くないので体調が悪いわけではないらしい。
「みんなで運動公園行くんだろ。手、繋がないの?」
「どうせ、私と繋ぎたい子なんていないもん」と、柚木ちゃんはぽつりと呟いた。
「じゃあ、俺が繋ぎたい。繋いでくれる?」と、月がそう言った。
すると「え、月兄が繋いでくれるのっ?」と、柚木ちゃんは雲が晴れた空ような明るい顔になる。
「なんだよ、月兄って。変なあだ名つけんなよ」
「だって月兄って言いやすいじゃん。でも、いいの?浮気じゃない?月兄は、朝姉と付き合ってるんじゃないの?」
「なんで、そうなるんだよ!付き合ってねーしっ」と、月が顔を真っ赤にして答える。
それが面白くて「なんで子どもの言ったことくらいで、そんなに恥ずかしがってんのよ」と、私は吹き出す。
「月ってさ。学校にいるときより、保育園にいるときのほうがなんかいいよ」
「うるせー」と、月がそっぽを向いた。
そして、無事に運動公園に向かうことができた。
かえでのは保育園から徒歩五分ほどの、M区運動公園は市が管理する大きな公園で、中には陸上競技ができるスタジアムがある。
子どもが遊べる遊具のスペースもあるので、今日の午前中はそこで遊ぶことになっている。
公園内で子どもたちは、滑り台、ブランコ、砂場で遊んだり、芝生の上で鬼ごっこをした。
鬼ごっこでは誰もやりたがらない鬼を、月が買って出て子どもたちを追いかけまわす。
見ていると月は手加減がうまくて、鬼ごっこが面白くなるように、ある程度本気で走るのだけど、捕まえてほしくなさそうな子は捕まえなかったり、反対に捕まりたい子は捕まえたりと、子どもとの遊び方が上手なのだ。
公園の隅っこで、砂場用のコップになにかを集めている男の子がいたので、私は「なにしてるの?」と声をかける。
すると「虫集めてるの」と男の子が見せてくれたコップの中に、ミミズやダンゴムシがうごめいていて私は思わず腰を抜かしてしまった。
こんなことでは保育士になれないと、なんとか「たくさん見つけてすごいね」と苦笑いをする。
「朝姉ちゃんにも一匹あげようか?」とくれようとするので、「朝姉ちゃん、お家で虫は飼えないからやめとくね。ありがとう」と丁重にお断りした。
給食の時間が近づいてきたので、これから保育園に子どもたちが手繋ぎをして帰ろうとしているとき、また柚木ちゃんがぽつんとひとりぼっちでうずくまっていた。
身体が震えている、どうやら泣いているようだ。
「大丈夫?手繋ぎで困ってるの?」と、私が声をかけると柚木ちゃんが首をふりふりと振る。
それっきり柚木ちゃんは、啜り泣くだけでなにも喋らなくなってしまった。
私と繋ぎたくないから、なにも喋らないのだろうか。
「ちょっと待ってて。月兄呼んでくるから」と、私はすぐに月を呼んできた。
すると、すぐに月があることに気づく。
「なぁ、柚木ちゃん。もしかしてピンクのリボンなくしちゃった?」と、彼が声をかけると柚木ちゃんは小さくうなずいた。
私は柚木ちゃんのリボンがないことにまったく気づけなかったのに、月はよく落ち着いて子どものことを見ているのだと感心をした。
すぐに私が理依奈先生に事情を話すと、クラスの子どもたちも協力してくれて、みんなで柚木ちゃんのリボン探しが始まる。
しかしリボンは見つかることなく、これ以上時間が押してしまうと、子どもたちがお腹をすかせ、集中力、体力ともに切れてしまい集団行動で保育園に戻ることが難しくなる。給食、昼寝などあとの生活にも影響してしまう、そう判断した理依奈先生が指示を出して保育園に帰ることになった。
リボンが見つからないまま納得のいかない柚木ちゃんは「ママからもらった大切なリボンだったのに」と、泣きながら月に抱っこされて保育園に戻った。
夕方。職場体験の二日目が終わったあと、帰りの地下鉄に乗るために駅の入り口まで来たが、柚木ちゃんの顔が思い浮かんで私は引き返す。
薄暗くなったM区運動公園に着くと人影が見えた。
遠くから目を凝らしてよく見ると、月であることがわかった。どうやら私より先にきてリボン探しをしているようだ。
いつもは絶対に話しかけたくないと思っている彼に、今日は私から話しかけた。
「今日はお疲れ。柚木ちゃんのリボン探してあげてるの?」
すると月は私に気づいて「朝陽か。お前も探しにきたんか?」と言った。
「うん。なんか、そのままにして帰れなくて」
また偽善者と私に言ってきたら、自分だって偽善者じゃないかと言い返そうと思っていたら、ちょっと間があいてから「でも、もうすぐ暗くなるし。危ねえから見つかんなかったら、お前は切りつけて帰れよ」と月が言った。
「じゃあ月は見つからなかったら、いつまで探すのつもりなの?」
「知るか。見つかるまで」
「そんなんバカじゃん」と、私は吹き出す。
「うるせえ。黙って探せ」
「学校の月より、保育園の月のほうがやっぱりなんかいいな」
「別になんも変わらんけど」と月が首を傾げる。
「本気で言ってんの?自覚ないの?全然ちがうじゃん」
「どこがだよ」
彼が認めないので、私もむきになって「学校では、格好つけて不良やってるじゃん」と言うと、「は?不良やってねえし?お前、意味わかんねー」と月が言ったので私は驚いた。
「でも学校に遅刻してきたり、授業サボったり、みんなにトゲトゲした態度で不良やってるじゃん」
「出たくない授業は出たくねんだよ。トゲトゲしてるつもりはないけど、弱くは思われたくないって思ってる。俺、弱いのは格好悪いって思ってるから」と、月が答えた。
「月は不良じゃないの?みんなもそう思ってるよ」
「俺がいつ不良やってるって言ったんだよ。他のやつの言うことなんか知るか」
「金髪の髪の毛だって校則違反だよ」
「俺はこれが格好良いと思ってんの!校則も知らん」
「不良じゃないなら、じゃあ、それってただの偏屈じゃん!偏屈男子!」
私は腹がよじれるほど笑った。
「うるせえ。バカにすんな」とじろりと私を睨む彼の目が、いつものように怖く感じられない。
「バカにはしてないけど」
「大笑いして俺のことバカにしてんじゃねえか」
「ちがうの。なんか私、勘違いしてて、安心しちゃって」
「本当、意味わかんねー。とにかく、もっと暗くなる前にさっさと探すぞ」
「うん」
私はこの職場体験を通して、今まで知らなかった月のことが少しわかった。
だいきらいだった彼のことが今は少しだけそうは思わなくなった。
しばらく、ふたりで探すと林の中で月がリボンを見つけた。
そして、そのままかえでのは保育園に持って行くと、理依奈先生がまだ職員室にいて「私も仕事片付いたら探そうと思ってたとこなの、ありがとう。ふたりはきっと子ども想いな良い保育士になるわ」と言ってもらえた。
気づいたことがある。頭でっかちでよく考えてからしか動けない私は、保育中に機転が利かない。
昨日、給食のとき皿を落として割ってしまった子どもがいた。
私はすぐ理依奈先生にどうすれば良いか聞きに行ったが、月は割れた皿に子どもが近づいて怪我しないように、割れた皿のところで動かず子どもが近づかないよう誘導をした。
私のように割れた皿の場所を離れていたら、子どもが破片を踏んで怪我をするかもしれないし、それではもう対応が遅いのだ。
子どもとの遊びだってそうだ。
子どもは無邪気に話しかけてくる、私は急に話しかけられてなにもできないのに、月は変な顔をして笑わせたり、二の腕にぶら下がる子どもを持ち上げてパワフルに遊んでいる。
今もつまらない私のところになど子どもは寄ってこないが、月は大人気で、彼の二の腕にぶら下がりたいと子どもたちが列になって並んでいる。
「はーい。じゃあ、これから運動公園にお散歩行くから、帽子を被ったら靴を履いて並んでね」という、理依奈先生の声かけで、子どもたちが園庭に出て、理依奈先生のうしろに手を繋ぐ友だちを決めてから並んでいく。
子どもたちがみんな並んだと思ったとき、園庭の隅でぽつんとひとりぼっち、ピンクのリボンを頭につけた女の子がうずくまっていた。
あれはたしか、昨日、健太君とケンカしていた柚木ちゃんだ。
すぐに月が気づいて声をかける。
「どうしたん?大丈夫か?」
柚木ちゃんはふりふりと首を振る。
顔色も悪くないので体調が悪いわけではないらしい。
「みんなで運動公園行くんだろ。手、繋がないの?」
「どうせ、私と繋ぎたい子なんていないもん」と、柚木ちゃんはぽつりと呟いた。
「じゃあ、俺が繋ぎたい。繋いでくれる?」と、月がそう言った。
すると「え、月兄が繋いでくれるのっ?」と、柚木ちゃんは雲が晴れた空ような明るい顔になる。
「なんだよ、月兄って。変なあだ名つけんなよ」
「だって月兄って言いやすいじゃん。でも、いいの?浮気じゃない?月兄は、朝姉と付き合ってるんじゃないの?」
「なんで、そうなるんだよ!付き合ってねーしっ」と、月が顔を真っ赤にして答える。
それが面白くて「なんで子どもの言ったことくらいで、そんなに恥ずかしがってんのよ」と、私は吹き出す。
「月ってさ。学校にいるときより、保育園にいるときのほうがなんかいいよ」
「うるせー」と、月がそっぽを向いた。
そして、無事に運動公園に向かうことができた。
かえでのは保育園から徒歩五分ほどの、M区運動公園は市が管理する大きな公園で、中には陸上競技ができるスタジアムがある。
子どもが遊べる遊具のスペースもあるので、今日の午前中はそこで遊ぶことになっている。
公園内で子どもたちは、滑り台、ブランコ、砂場で遊んだり、芝生の上で鬼ごっこをした。
鬼ごっこでは誰もやりたがらない鬼を、月が買って出て子どもたちを追いかけまわす。
見ていると月は手加減がうまくて、鬼ごっこが面白くなるように、ある程度本気で走るのだけど、捕まえてほしくなさそうな子は捕まえなかったり、反対に捕まりたい子は捕まえたりと、子どもとの遊び方が上手なのだ。
公園の隅っこで、砂場用のコップになにかを集めている男の子がいたので、私は「なにしてるの?」と声をかける。
すると「虫集めてるの」と男の子が見せてくれたコップの中に、ミミズやダンゴムシがうごめいていて私は思わず腰を抜かしてしまった。
こんなことでは保育士になれないと、なんとか「たくさん見つけてすごいね」と苦笑いをする。
「朝姉ちゃんにも一匹あげようか?」とくれようとするので、「朝姉ちゃん、お家で虫は飼えないからやめとくね。ありがとう」と丁重にお断りした。
給食の時間が近づいてきたので、これから保育園に子どもたちが手繋ぎをして帰ろうとしているとき、また柚木ちゃんがぽつんとひとりぼっちでうずくまっていた。
身体が震えている、どうやら泣いているようだ。
「大丈夫?手繋ぎで困ってるの?」と、私が声をかけると柚木ちゃんが首をふりふりと振る。
それっきり柚木ちゃんは、啜り泣くだけでなにも喋らなくなってしまった。
私と繋ぎたくないから、なにも喋らないのだろうか。
「ちょっと待ってて。月兄呼んでくるから」と、私はすぐに月を呼んできた。
すると、すぐに月があることに気づく。
「なぁ、柚木ちゃん。もしかしてピンクのリボンなくしちゃった?」と、彼が声をかけると柚木ちゃんは小さくうなずいた。
私は柚木ちゃんのリボンがないことにまったく気づけなかったのに、月はよく落ち着いて子どものことを見ているのだと感心をした。
すぐに私が理依奈先生に事情を話すと、クラスの子どもたちも協力してくれて、みんなで柚木ちゃんのリボン探しが始まる。
しかしリボンは見つかることなく、これ以上時間が押してしまうと、子どもたちがお腹をすかせ、集中力、体力ともに切れてしまい集団行動で保育園に戻ることが難しくなる。給食、昼寝などあとの生活にも影響してしまう、そう判断した理依奈先生が指示を出して保育園に帰ることになった。
リボンが見つからないまま納得のいかない柚木ちゃんは「ママからもらった大切なリボンだったのに」と、泣きながら月に抱っこされて保育園に戻った。
夕方。職場体験の二日目が終わったあと、帰りの地下鉄に乗るために駅の入り口まで来たが、柚木ちゃんの顔が思い浮かんで私は引き返す。
薄暗くなったM区運動公園に着くと人影が見えた。
遠くから目を凝らしてよく見ると、月であることがわかった。どうやら私より先にきてリボン探しをしているようだ。
いつもは絶対に話しかけたくないと思っている彼に、今日は私から話しかけた。
「今日はお疲れ。柚木ちゃんのリボン探してあげてるの?」
すると月は私に気づいて「朝陽か。お前も探しにきたんか?」と言った。
「うん。なんか、そのままにして帰れなくて」
また偽善者と私に言ってきたら、自分だって偽善者じゃないかと言い返そうと思っていたら、ちょっと間があいてから「でも、もうすぐ暗くなるし。危ねえから見つかんなかったら、お前は切りつけて帰れよ」と月が言った。
「じゃあ月は見つからなかったら、いつまで探すのつもりなの?」
「知るか。見つかるまで」
「そんなんバカじゃん」と、私は吹き出す。
「うるせえ。黙って探せ」
「学校の月より、保育園の月のほうがやっぱりなんかいいな」
「別になんも変わらんけど」と月が首を傾げる。
「本気で言ってんの?自覚ないの?全然ちがうじゃん」
「どこがだよ」
彼が認めないので、私もむきになって「学校では、格好つけて不良やってるじゃん」と言うと、「は?不良やってねえし?お前、意味わかんねー」と月が言ったので私は驚いた。
「でも学校に遅刻してきたり、授業サボったり、みんなにトゲトゲした態度で不良やってるじゃん」
「出たくない授業は出たくねんだよ。トゲトゲしてるつもりはないけど、弱くは思われたくないって思ってる。俺、弱いのは格好悪いって思ってるから」と、月が答えた。
「月は不良じゃないの?みんなもそう思ってるよ」
「俺がいつ不良やってるって言ったんだよ。他のやつの言うことなんか知るか」
「金髪の髪の毛だって校則違反だよ」
「俺はこれが格好良いと思ってんの!校則も知らん」
「不良じゃないなら、じゃあ、それってただの偏屈じゃん!偏屈男子!」
私は腹がよじれるほど笑った。
「うるせえ。バカにすんな」とじろりと私を睨む彼の目が、いつものように怖く感じられない。
「バカにはしてないけど」
「大笑いして俺のことバカにしてんじゃねえか」
「ちがうの。なんか私、勘違いしてて、安心しちゃって」
「本当、意味わかんねー。とにかく、もっと暗くなる前にさっさと探すぞ」
「うん」
私はこの職場体験を通して、今まで知らなかった月のことが少しわかった。
だいきらいだった彼のことが今は少しだけそうは思わなくなった。
しばらく、ふたりで探すと林の中で月がリボンを見つけた。
そして、そのままかえでのは保育園に持って行くと、理依奈先生がまだ職員室にいて「私も仕事片付いたら探そうと思ってたとこなの、ありがとう。ふたりはきっと子ども想いな良い保育士になるわ」と言ってもらえた。