君は君のままでいい
ありがとう。を君に
ありがとう。を君に1
三日間の職場体験が終わった。
ゆっくりする間もなく来月になると学園祭が待っている。
それなのに私たちのクラスは、まだなにもやることが決まっていない。
「いい加減に決めないと間に合わないから、みんなで放課後に残って話し合いをして決めろ」
先生はクラス委員長である私にそう言い残して、今日も自分の仕事をやりに職員室に行ってしまった。
なので今は急遽、放課後の教室に残ってクラスみんなで学園祭の話し合いをしているところだ。
私は相変わらず黒板の前に立っているだけ、自分でも張りぼてだと自覚している。
クラスメイトたちも関係のない雑談をしていて、とても案が出る雰囲気ではない。
いつも通り最初に「学園祭でやりたいことある人はいませんか?あったら教えてください」と言ったものの、変に真面目ぶってここで「みんなちゃんと考えて」とか「そろそろ決めないと本当にやばいよ」とか、言ってしまうと私が浮いてしまう。
なのでひたすら黙って時間が過ぎるのを待っている。
クラスメイトたちも、きっとそのうち誰かが案を出してくれると他力本願になっているのだろう。しかし案を出せば、出した人が中心になってやらなければならないし。誰もそんなめんどくさいことはしたくないのだ。
そのとき、すっと月が席から自分の学生鞄を持って立ち上がった。そして私の前を通り過ぎて教室のドアに向かって歩き出す。
私が彼をじっと見ると、「ここにいても意味ねえからスケボーやりにいくわ。だるいから学園祭も休むし」と言って教室から出て行ってしまった。
「月ーっ!抜け駆けなんてずるいぞ、俺にもスケボー教えてくれよ」と、そのあとを追って達也君も出てってしまう。
職場体験の保育園では、良いところもあると月のことを見直したが、学校では今までの月にまた戻ってしまった。
私も少し月という人間がわかってきたので、こいつはどうしようもない偏屈なんだと、もう諦めている。
「委員長、今日じゃなくてもいいじゃん」
「私もこのあと彼氏とカラオケ行く約束あるのー」
「部活の時間始まっちゃうよ」
みんなが騒ぎ出したので、結局、今日も学園祭のことはなにも決まらず話し合いは終わってしまった。
やっぱり学校は最悪だ。他力本願な話し合い、自分のクラス委員長としてのリーダシップと信頼のなさ、私にはそれをどうすることもできない。すべてに辟易とする。
深いため息をついて心のオアシスである桜舞公園に向かう。
まだ、これでも私が学校に行こうと思えるのは、この時間があるからだ。
悠さんならいつでも私の話を聞いてくれる。はやく悠さんに会いたい。
いつもの芝生の場所に着くと、変わらないギターを弾く悠さんの姿があって私はひと安心する。
「おーい。朝陽ちゃん、今日もお疲れー」と、私に気づいた悠さんが無邪気な顔をして手を振る。
「悠さん、今日は私が紅茶買ってきちゃいました」と、さっきコンビニで買ってきたペットボトルの紅茶の一本を悠さんに渡して、私もとなりに腰を下ろす。
「お、さんきゅー、朝陽ちゃん。ちょうど喉が乾いてたんだ」
紅茶を受け取ると、悠さんは嬉しそうに無垢な子どものような表情で笑った。
「聞いてください!今日も学校でいやなことあったんです」
そう言って私は、学園祭が相変わらずなにも決まらないこと、話し合い中だというのにスケボーをやると出ていってしまう不良クラスメイトのこと、でも、その不良クラスメイトが職場体験ではすごく子ども想いなやつだったということを、悠さんに話した。
クラスの話し合いではうまく喋ることができないのに、悠さんの前だと、話したいことが泉の水のように湧いて出てくる。
悠さんは今日も私の話を、うんうん、とうなずいて聞いてくれる。
それに「朝陽ちゃんは不良クラスメイトの悪いとこも知ってるけど、ちゃんと良いとこにも気づいてあげてるからすごいよ。人のいろんな一面に気づけるって大切なことだからね」と、悠さんは私を褒めてくれた。
「ところで、川口さんから職場体験で朝陽ちゃんが頑張ってたって聞いたよ」
「川口さん?もしかして理依奈さんのことですか?」
「おー、そうそう」
「えー!おふたりが知り合いだったなんて。理依奈さんにはすごくお世話になったし、連絡先も交換するくらい仲良しになれたんです」
「ふたりが仲良しになれて俺も嬉しいよ。川口さんのことは知ってるもなにも同じ保育園で働いてた同期なんだよ」
「あの…、悠さん。お聞きしたいことがあります」
私は興奮気味に話を切り出す。
すると「ん、なに?」と、きょとんとした顔をする悠さん。
「悠さんの奥さんって、犬塚晴さんですよね?」
私がそう言った瞬間。悠さんの表情が一瞬だけ強張ったように見えた。
気のせいだったのか。次にはもう悠さんはいつも通りの笑顔に戻っている。
「うん。そうだけど、どうした?」
「私、悠さんの奥さんに会いたいんです。幼い頃に私をこの公園で助けてくれたのは、きっと悠さんの奥さんなんです。晴さんに憧れて私は保育士になりたいと思ったんです。晴さんに会って直接お礼をしたいし。話したいことが山ほどあるんです。お願いします。私を晴さんと会わせてください」
私はこのとき目を輝かせて無邪気に、許されない自分勝手なお願いを悠さんにした。
あとからそのことに気づき、私なんていなくなってしまえばいいのだと、取り返しのつかない現実に打ちひしがれ私は後悔することになる。
私が返事を聞く前に、悠さんはなにを思い出したような顔をして、
「あ、いっけねー。家に帰ってやることあるんだよ、ごめんっ。今日は帰るね」
そう言って悠さんは足早に帰って行く。
私と奥さんを会わせたくないのだろうか、なにか理由があるのかな、それとも本当に忘れていた用事があったのだろうか。悠さんは笑顔のポーカーフェイスでなにを考えているのかわかりづらい。今度、またお願いしてみよう。
しかし困ったことに、その日から悠さんはぱたりと桜舞公園に来なくなってしまった。
ゆっくりする間もなく来月になると学園祭が待っている。
それなのに私たちのクラスは、まだなにもやることが決まっていない。
「いい加減に決めないと間に合わないから、みんなで放課後に残って話し合いをして決めろ」
先生はクラス委員長である私にそう言い残して、今日も自分の仕事をやりに職員室に行ってしまった。
なので今は急遽、放課後の教室に残ってクラスみんなで学園祭の話し合いをしているところだ。
私は相変わらず黒板の前に立っているだけ、自分でも張りぼてだと自覚している。
クラスメイトたちも関係のない雑談をしていて、とても案が出る雰囲気ではない。
いつも通り最初に「学園祭でやりたいことある人はいませんか?あったら教えてください」と言ったものの、変に真面目ぶってここで「みんなちゃんと考えて」とか「そろそろ決めないと本当にやばいよ」とか、言ってしまうと私が浮いてしまう。
なのでひたすら黙って時間が過ぎるのを待っている。
クラスメイトたちも、きっとそのうち誰かが案を出してくれると他力本願になっているのだろう。しかし案を出せば、出した人が中心になってやらなければならないし。誰もそんなめんどくさいことはしたくないのだ。
そのとき、すっと月が席から自分の学生鞄を持って立ち上がった。そして私の前を通り過ぎて教室のドアに向かって歩き出す。
私が彼をじっと見ると、「ここにいても意味ねえからスケボーやりにいくわ。だるいから学園祭も休むし」と言って教室から出て行ってしまった。
「月ーっ!抜け駆けなんてずるいぞ、俺にもスケボー教えてくれよ」と、そのあとを追って達也君も出てってしまう。
職場体験の保育園では、良いところもあると月のことを見直したが、学校では今までの月にまた戻ってしまった。
私も少し月という人間がわかってきたので、こいつはどうしようもない偏屈なんだと、もう諦めている。
「委員長、今日じゃなくてもいいじゃん」
「私もこのあと彼氏とカラオケ行く約束あるのー」
「部活の時間始まっちゃうよ」
みんなが騒ぎ出したので、結局、今日も学園祭のことはなにも決まらず話し合いは終わってしまった。
やっぱり学校は最悪だ。他力本願な話し合い、自分のクラス委員長としてのリーダシップと信頼のなさ、私にはそれをどうすることもできない。すべてに辟易とする。
深いため息をついて心のオアシスである桜舞公園に向かう。
まだ、これでも私が学校に行こうと思えるのは、この時間があるからだ。
悠さんならいつでも私の話を聞いてくれる。はやく悠さんに会いたい。
いつもの芝生の場所に着くと、変わらないギターを弾く悠さんの姿があって私はひと安心する。
「おーい。朝陽ちゃん、今日もお疲れー」と、私に気づいた悠さんが無邪気な顔をして手を振る。
「悠さん、今日は私が紅茶買ってきちゃいました」と、さっきコンビニで買ってきたペットボトルの紅茶の一本を悠さんに渡して、私もとなりに腰を下ろす。
「お、さんきゅー、朝陽ちゃん。ちょうど喉が乾いてたんだ」
紅茶を受け取ると、悠さんは嬉しそうに無垢な子どものような表情で笑った。
「聞いてください!今日も学校でいやなことあったんです」
そう言って私は、学園祭が相変わらずなにも決まらないこと、話し合い中だというのにスケボーをやると出ていってしまう不良クラスメイトのこと、でも、その不良クラスメイトが職場体験ではすごく子ども想いなやつだったということを、悠さんに話した。
クラスの話し合いではうまく喋ることができないのに、悠さんの前だと、話したいことが泉の水のように湧いて出てくる。
悠さんは今日も私の話を、うんうん、とうなずいて聞いてくれる。
それに「朝陽ちゃんは不良クラスメイトの悪いとこも知ってるけど、ちゃんと良いとこにも気づいてあげてるからすごいよ。人のいろんな一面に気づけるって大切なことだからね」と、悠さんは私を褒めてくれた。
「ところで、川口さんから職場体験で朝陽ちゃんが頑張ってたって聞いたよ」
「川口さん?もしかして理依奈さんのことですか?」
「おー、そうそう」
「えー!おふたりが知り合いだったなんて。理依奈さんにはすごくお世話になったし、連絡先も交換するくらい仲良しになれたんです」
「ふたりが仲良しになれて俺も嬉しいよ。川口さんのことは知ってるもなにも同じ保育園で働いてた同期なんだよ」
「あの…、悠さん。お聞きしたいことがあります」
私は興奮気味に話を切り出す。
すると「ん、なに?」と、きょとんとした顔をする悠さん。
「悠さんの奥さんって、犬塚晴さんですよね?」
私がそう言った瞬間。悠さんの表情が一瞬だけ強張ったように見えた。
気のせいだったのか。次にはもう悠さんはいつも通りの笑顔に戻っている。
「うん。そうだけど、どうした?」
「私、悠さんの奥さんに会いたいんです。幼い頃に私をこの公園で助けてくれたのは、きっと悠さんの奥さんなんです。晴さんに憧れて私は保育士になりたいと思ったんです。晴さんに会って直接お礼をしたいし。話したいことが山ほどあるんです。お願いします。私を晴さんと会わせてください」
私はこのとき目を輝かせて無邪気に、許されない自分勝手なお願いを悠さんにした。
あとからそのことに気づき、私なんていなくなってしまえばいいのだと、取り返しのつかない現実に打ちひしがれ私は後悔することになる。
私が返事を聞く前に、悠さんはなにを思い出したような顔をして、
「あ、いっけねー。家に帰ってやることあるんだよ、ごめんっ。今日は帰るね」
そう言って悠さんは足早に帰って行く。
私と奥さんを会わせたくないのだろうか、なにか理由があるのかな、それとも本当に忘れていた用事があったのだろうか。悠さんは笑顔のポーカーフェイスでなにを考えているのかわかりづらい。今度、またお願いしてみよう。
しかし困ったことに、その日から悠さんはぱたりと桜舞公園に来なくなってしまった。