君は君のままでいい

だいきらい。な君へ2


 市内でも、平均的な偏差値の進学校である種千高校。そこの二年生である私は学校が憂鬱で仕方ない。


 勉強も、スポーツも、可愛さも、可もなく不可もなく。なんの特徴もないのが現実の私だ。


 それだけなら良かったのに、私は誰もやりたがらなかったクラス委員長をやっている。


 先生には厄介ごとを任され、クラスのみんなにはいいように使われ、もうなにがなんだかわからない。


 だだ、そんな私が気にしていることはひとつだけ。


 空気を読むこと。みんなの敵にならないように、ひたすらに自分の気持ちを押しころしている。


 なぜ私がクラス委員長になったかと言うと、クラスの誰かが真面目だからという理由で私を推薦したのだ。


 断ったら陰口を言われるかもしれないし、断ることができず、そのままクラス委員長をやることになった。


 クラスメイトは「真面目な椿さんなら適任だよ」と言って、先生は「椿、お前なら安心だ」と適当なことを言って笑っていた。


 みんな勝手だ。


 「はい。じゃあ職場体験があるから、進路のことも考えて自分の行きたい場所を決めておくように。次は学園祭でのクラスの出し物についてだ、椿」


 先生に自分の名前を呼ばれて立ち上がる。もちろん無気力に。


 でも、それを悟られないように実際の私はてきぱきと動く。


 「それじゃ。学園祭の話、頼んだぞー」


 そう言って先生は教室を出ていった。


 私が黒板の前に立ってみんなのほうを見ると、誰も私のほうなど向いていない。


 学校終わったらカラオケ行く、誰と誰が付き合ってる、学園祭がだるい、など雑談をしている。


 「学園祭でやりたいことある人はいませんか?」と、私が訊いても反応は返ってこない。


 私の小さい声など喧騒にかき消されてしまう。


 そのとき、教室の扉ががらっと音を立てて開いた。


 「うーっす。遅刻したわー」と、ひとりの男子生徒が教室に入ってくる。


 まるで夜空に輝く月のような金髪の髪、誰が見ても格好良いと思うような整った顔立ち、きっとしたつり目、その中にある硝子玉のような綺麗な瞳、胸元をルーズに開けたシャツ。


 クラスメイトで不良の蘇轍月だ。


 「月ぃ!遅いじゃん。なにやってたんだよ」とクラスメイトであり彼と仲が良い加納達也君が訊くと、「あ?スケボー。桜舞公園で朝練してきたわ」と月君がだるそうに答えた。


 「きゃー。月君がスケボーやってるとこ見てみたいよね」と、クラスの女子たちが騒いでいる。


 「俺にも今度スケボー教えてくれよぉ」と達也君が頼むと、「やだよ。めんどくせえ。自分で覚えろ」と月君は一蹴した。


 私の話なんて誰も聞かないのに、月君が教室に入ってきたら彼の話題でもちきりだ。


 なにひとつ取り柄のない私と月君の魅力の差だろう。


 月君は容姿が良く、スポーツはなんでもできる。


 とげとげした性格で、一匹狼のような気質の不良で群れることはしない。


 どこかミステリアスで、まるで夜空に輝く月のような神秘的な魅力を放っている。


 朝陽などという名前だけの私とちがって、彼は月というその名前にまったく名前を負けしていない。


 彼はクラスの中で、女子はもちろんのこと男子からも人気者だ。


 そんな月君が、自分の席に座るために私の前を通る。


 「月君。今、学園祭の出し物の話してるんだけど、月君はやりたいことない?」と、私は彼に訊ねた。


 彼はじろりと私を睨むと「お前さ。なんで委員長なんてやってんの?」と呟く。


 「え、だって。推薦してくれた人がいるし、誰もやりたがらなかったし、みんなのためだよ」


 「うっざ。張りぼてが俺に話かけんな。それか偽善者か?学園祭はきらいだから行かねえ」


 「ははは、そっか。私なんかが声かけちゃって本当にごめんね」


 私は必死に笑顔で取り繕う。


 彼はそんな私をきっと睨むと、「俺、お前のそういうとこがきらいだわ」と吐き捨て自分の席に行ってしまった。


 今は必死に笑顔を貼り付けているが、私は心の底からこいつが大きらいだ。


 本当は喋りたくないし、同じこの教室にいるのもいやだ。


 結局、そのあとも学園祭のことはなにも決まらなかった。


 休み時間になると、私はすぐに別校舎の空き教室に逃げ込む。


 誰もいないこの場所が、校内で唯一、私の心のオアシス。


 あぁ、思い出すだけでもいやで仕方がない。もう教室に帰りたくない。


 私なんかが、委員長でみんなをまとめられるわけがないのだ。


 そんなことを考えていると、目から涙があふれてきた。


 そのとき、誰も来ないはずの空き教室の扉が音を立てて開く。


 中に入ってきたのは月君だった。


 驚いている私に気づくと、「誰もいないとこでだらだらしようと思ったのに、なんでお前がここにいんの」と彼は言った。


 泣いていたことを悟られないように「ごめんね。邪魔だったよね。出ていくね」と、私はさっと教室を出ようとする。


 それなのに「お前、泣いてたのか?」と月君が呟く。


 私の真っ赤になった目を見て気づいたのだろう。


 普通、女の子が泣いていたら慰めるものだが、彼にそれは期待しないほうがいい。


 「ひとりでこの空き教室で泣いてたってわけか。弱っ。俺やっぱお前きらいだわ。弱くて見てるとイライラする」


 私は、彼を無視して空き教室を飛び出す。


 もう心がバラバラに壊れてしまいそうだ。
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